写真は白洲次郎氏


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<   2006年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

イメージ先行なのだが、僕は読書家だと思われていることがたまにある。

なぜそう思われるか理由をいくつかあげることもできるが、このポジショニングは悪くないので、あえて書かないで置こう。なんて、酔ってるんで面倒なだけです。


で、今日はガリバー代理店のM越サンと行き着けになりつつある三田の焼き鳥屋で呑んで来ました。この店はかのカルロス・ゴーンの行き着けでもあるらしいです。いつか会って、『ルネッサンス』にサインを頂きたいものです(遭遇した時に持参してるのかって疑問がありますが、持ってないなら近くのあゆみBooksで買ってこよう―スイマセン、SFCと理工以外の慶應の方しかわからない記載で失礼しました)。

ここで僕のことを読書家だと思っているM越サンが、僕に言ってきたんです、
「俺、最近、読書家なんだよね。俺、すごくね?!(←彼の口癖)」

何でも、ここのところ本を読みまくっているそうなんです。

彼が偉いなのは、大学時代に僕が「政経学部なんだから、これぐらい読んどけよ」と言って勧めた経済学者ポール・クルーグマンの本をちゃんと当時読んでたり、また5月ぐらいにWEB2.0を知らなかったので、「今更だけど、『WEB進化論』がCatch Upって意味では効率的かも」と酔いながら言ってみたら、ちゃんと読んでるんですね!

偉いんで、このみずほコーポレート銀行産業調査部さんのレポートでも送ってあげようと思います。個人的な意見ですが、みずほコーポレート銀行産業調査部さんのメディア系のレポートは秀逸で、野村総研さんのナントカナビゲーターよりずっと良い整理をされている気がします。さすが、元興銀系の方々ですよね。


By the way, 「こう言うテーマで悩んでいる、行き詰っている」ってヒトに対して、僕は「この本の何章の記述は役立つから読んでみたら?」と言って勧めることがあるんですが、その中で実際に読んでくれるヒトはけっこう少なかったりします。もちろん、「この本、おもしろいから読んでみなよ」と一方的に勧めるのは、価値観の押し付けまたは感動の押し売りだったりするわけで、忙しい方々相手に実はけっこう迷惑な行為だったりします。ええ、僕もうっすぺらいハウツー本とかトンデモ本みたいなのを必死に薦められると、とても迷惑です。

それでも、ちゃんと勧めた本を読んでくれると、何か同士みたいな感じでうれしいもんです。

ちなみに、どうしても読ませたい時は、僕は本を無理やり貸して読ませます。。。貸したい本は、二冊持ってたりもします(だいたい返って来ないんですが・・・)。



話がそれまくりましたが、ここで僕はまさにこの日曜日に思った読書の3つの意義を、読書に開眼したと言う彼に語りました。

僕は、すぐ「ポイントは3つあって」と言う人種があまり好きじゃないのですが、残念ながら今回も偶然にも3つです、ハイ;

①知識のInput=知らない知識を知る、理解しにくい知識を理解する
②感情の刺激=純粋に読んで感動したり、モチベートされる
③切り口、視点からの示唆=著者の切り口を自分のことに置き換えて考察する


この中で、本当に大きいのは僕は③なんじゃないかと思っているんです。


先々週ぐらいだったかな、雑誌AERAの特集で「古典を読む」みたいなのがあって、古典好きな経営者、文化人が紹介され、さらに古典の書評をネットで書いている方の古典との接し方みたいなものが載っていて、興味深く三田の聖坂途中のAmpmで立ち読みしました。

この古典の書評を書いている方の古典に接するためのアドバイスが面白いんですよ。

「古典を読むのは、カラオケと一緒だ」と。


要するに古典をしっかり読んでちゃんと理解するなんて、かなりハードルが高いわけです。一方で、カラオケだと、とりあえず歌詞の意味がわからなくても、下手でも何でも乗り切って歌い切ってしまうヒトが大半でしょう(僕は、ちゃんと歌詞の一字一句の意味を心に刻みながら、アニメソングを熱唱することができますが)。

古典も、まずはわかった気になって流しながら、読みきることに意義があるそうなんです。

これは、これでとても役立つ古典への接し方だと思います。


でも、僕が③として書いた「切り口、視点からの示唆=著者の切り口を自分のことに置き換えて考察する」という読書のメリットからは、ちょっと違うと思うわけであります。


今、僕が読んでいるのは、別に古典じゃないんですが、間違いなく世界的な名著であろうピリッツァー賞を三度受賞しているジャーナリストであるトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』です。対外的には、カッコつけて「今、”The World Is Flat”を読んでる」と言ってますが、別に原書で読んでるわけじゃありません、スイマセン。。。


この本、気づけば、色々な自分の周辺の事象(基本、仕事上の気づきが多いんですが)を、書籍内で紹介される考察に当てはめながら、読んでいることに気づきます。

もちろん、「え?USのアウトソースって、こんなインドに移ってんのかよ?!」「ホームソーシングなんてもんがあるんだ」と得る知識やそこから世界の変化の兆しへの率直な驚きも多いです。

でも、同時に「どうして、日本では同じ現象が起きていないんだ?(僕なりの仮説があるので、いつか書きたいと思います)」「この考察で得られた視点で、昨年、取り組んでいた案件を整理すると、どうなるんだ?」みたいなことを、考え始める。

はっきり言って、僕が考えるのが遅いこともあるのかもしれませんが、1ページ進むのに1時間かかる箇所もあります。

しかも、非常に疲労します・・・。


でも、これまで思いもしなかったことに気づいたりします。

もはや、知らないことを知った喜びや、単調な感情の揺さぶりと言うのじゃなくて、著者が多大な事例から投げかけてくるフレームで、自分の経験、知識を当てはめて、気づきもしなかった示唆を得ようとする、そんな読書なんです。



ここで思ったのが、古典の価値です。

それこそ数百年、まして『孫子の兵法』なんてどれぐらい昔ですか、そう言った時間の公証に耐えて残っている古典と言うのは、単なる知識や感動めいたものを得るためのものじゃないと思うんです。知識だったら、その後、もっと多くの発見があったわけだし、感動できるもんだって斉藤投手みたいな話題がいっぱい転がっているでしょう。


長い歴史を越えて生き残ってきた古典に価値があるなら、知識や感動では無くて端的に言えば先代の知恵であり、具体的には先代の視点、考察を通して見直してみる現代の事象から得られる学び、気づきじゃないでしょうか。


よく欧米のエリートは教養人が多いとか、日本でも名経営者と言うのは古典をたくさん読んでいるし、また30すぎたら古典を読まなきゃダメだなんて声も聞くわけですが、何か最近、その意味がわかった気がします。


別にたくさん本を読めば良い訳じゃなくて、そんなのはファッションめいたカラオケ型読書(もちろん、即席的に古典の概要を学ぶには悪くないことだと思いますが)やオタク、マニアの自己満足的な読書にすぎなくて、大事なのは各時代を通して現代まで残ってきた考察を通して、今を見て何かしらの示唆を得られることなんじゃないかなと。



そんなことを最近、思ったわけです。


で、これもいつも言っていることなんですが、M越サンに力説したのは、書籍ってのはまったくPricingの影響を受けていないわけですよ(古本とか、限定書籍とか例外はあるでしょうけど)。

だって、上にあるような多大な示唆を得られる可能性のある本が、文庫で数百円で買えてしまう。一方で、そんな本の焼き直し10乗みたいなチープなもんが1000円以上のハードカバーになってたりする。


大学時代、ふと、馬場でくだらない刹那な酒を飲んでしまった翌日、「ああ、この3000円で、経済学の教科書が買えたな。同じ3000円で、どれだけ知的な経験をできただろう!」とか後悔をしてました。でも、ちゃんと経済学の教科書を読み切ったことは無いんですけどね・・・。


そんな僕の話にM越サンがとても納得してくれて、

「オ○カーモデルとの飲み会も誘われてんだけど、まったく興味無くて断ったんだよね。だったら、家で本を読んでたいわけ!俺、すごくね?!

とのこと。













僕は2巻で挫折(かっこ悪い・・・)してしまいましたが、また最近、読み直してみようかと思っている司馬遼太郎の『坂の上の雲』を、次は彼も読んでみるそうです。
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by dskblog | 2006-08-30 00:52 | 本・映画・音楽

甲子園

ベタな話題で、すいません。

意外とミーハーなのか、うっかり今回もブームに乗っていました。


甲子園なんて、ここ10年ぐらいは勝手に始まって知らぬ間に終わっている程度のものでしたが(たぶん、高校1年の時、友達と優勝校当ての賭けをやった以来か)、今年は気づけば結果を気にするぐらいにはハマってました。

早稲田実業ってことで、早稲田系列ってだけで、勝手に愛校心を膨らませていた。。。


早稲田実業は、ずっと西早稲田にあるもの(ワセ弁の隣)だと思っていたら、いつのまにか国分寺に移っていたそうです。

また、校歌は大学と同じかと思ったら違うんですね。早稲田学院は、大学と同じらしいんですが。


それにしても、大人の駆け引きとは別世界のまっすぐでひたむきな青春(ま、裏では、ドロドロしたスカウトの実態とか、喫煙、暴力とかもあるかもしれませんが)。

器用に見た目良くやることが賢いみたいな世の中で、どこかに我々が落としてきた来たハートを思い出させてもらった気がします。




何か久々に早慶戦にも行きたくなってきた。


ぜひ斉藤投手には、早稲田野球部に来て、引き続き僕の愛校心を刺激し続けて欲しいもんであります。

卒業後もこうやって便乗して楽しめる早稲田で良かった。
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by dskblog | 2006-08-22 13:31 | 雑感

仮説に関して②

で、土曜日、作業を委託しているマーケコンサルにオフィスに自転車で行ってから、MY PCで生データを開いてみると、けっこう空欄があったり、年齢記入欄が半角じゃなかったりと、汚れてます。

そういうデータを一つ一つ外していく、クレンジングからスタート・・・。

そして、昨日、あわてて復習したピボットテーブルでとりあえず回答者属性を分析する。

だいたい出たところで、数値とかを見ながら、漠然とターゲット・セグメントを頭の中で分けておく。


さて、これから分析だ。しかし、膨大なデータを前に夏休みを返上して、何を調べれば良いんだ?!

ここで重要になって来るのが、”仮説”なのである。



膨大なデータを無計画にこねくり回せば、何百通りでも分析はできるし、興味深いデータは出てくるかもしれない。しかし、興味深さと、仕事の重要度はまったく別だったりする。


おそらく根幹は同じなのだが、とにかくひたすらリサーチばっかしてそれを整理だけするタイプの人間ってのがいる。

よく調べたな(=暇なんだな)と思いつつ、はっき言って「So What?=で、何なの?」である。


たぶん優等生タイプに多く、何か個人的な見解を求めるとだいたい「この情報だけでは判断できない」とか言い出す傾向が強い。

「じゃあ、何を判断したくて、その判断には追加でどんな情報がいるんだろうか?」と言う疑問が瞬間的に湧き上がるが、僕は大人なんで、そんな突っ込みはしない・・・。


話がズレたが、目的も無く分析するのも、ずっとリサーチばっかやっている人間と同じプロファイルじゃないだろうかと、PCの前のExcel画面を見ながら、ぼんやりと思った。


どちらにも共通するのは、
・無目的(=手段の目的化)
・無計画
・無価値
と言う点だろう。総じて言えば、エンヤじゃなくてエイヤで進める度胸が無いのである(逆に全部、エイヤと言う方も困るが)。


10年後にすごい発見しましたなら、好きなだけ調べて、好きなだけ分析してれば良いんだが(これはこれで楽しい)、その10年間の食いぶちを稼がなくてはいけないビジネスの世界では、強烈な時間軸が存在する。

従い、調べるにも分析するにも、きちっと目的を定め、計画的なアプローチで価値を生み出す必要があるのだ。

そのための手段が仮説である。

仮説を立てて、それが正しいかどうかを確かめて行くアプローチを取るのである。こうすれば、仮説を確かめるという目的があり、そのための方法論も計画的に定められ、結果的に仮説が正しいか間違っていたかと言うことがわかる価値がある。



そこで、僕に作業を全投げしてきたマーケコンサルの社長に聞く。

「申し訳ないんですが、僕は急に分析せいという上司からの命令で、ここに来たんですが、そもそもどういう仮説を検証したくて、このアンケートを作られたんでしょうか?」

「そうですよね。あれ、ちょっと待ってくださいね。仮説をまとめた紙があって、DSKさんにメール落ちて無かったかなぁ。」
と言って、PCをパチパチ叩き始めた。

「あ、あった、あった。これです、これ。今、DSKさんに転送しますね」
と言い、メールが送られてきた。


「おいおい、今、あんた、仮説書いてたじゃないか・・・?」そんな突っ込みはしないで、「助かりました。じゃあ、この仮説をサポートするような分析をしますね(=仮説が違ってたら、どうすんだよ・・・)」と言って、PCに向かった。


ここからは愚直な作業である。一つ一つ必要なデータだけを抽出して、集計してまとめて行く。

途中、昨日、まさに恐れていたように生データのフォーマットがExcel分析泣かせの形をしており、「分析できない」ってピンチに陥った。

気合で、一度、データをメモ帳に貼り付けて、CSVファイルで保存して何とかまともなデータの形に直すなんて面倒なことをやり、さらに元戦コンの親友ハシに電話して泣きつき、Countif関数で集計する方法を考え出してもらった(Dcountを駆使すればクロス分析もできるっぽいと言われたが、断念する)。

ちなみに、僕はExcelでは、Today関数(今日の日付が表示される)ぐらいしか知りません・・・。



で、結局、夜の22時ぐらいに引き上げ、続きは翌日にマクドナルドで3時間ぐらいかけて、やった。


つづく
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by dskblog | 2006-08-16 20:40 | ビジネス

仮説に関して①

土曜日は、起用しているマーケコンサルのオフィスでデータ分析を手伝ってました。

実は、何を隠そう消費者向けアンケートの分析なんて技を、少しだけ僕はかじっているのです。


その昔、出向先でやはりアウトソース先がアンケート結果をレポートにまとめる前に、生データを使って1,2日でExcelを使ってざっくりとまとめたことがあるのです。

このときは、当時、ボスコンにいた文ちゃんを赤坂のSubwayに呼び出し、サンドイッチをおごって、どうやって分析するのかをピボットテーブルの使い方から懇切丁寧に指導してもらいました。

その時のレポートがまぁまぁ良くて(たぶんアウトソース先よりも・・・、まさに仮説力の違いでしょう)、上司から「DSKはそういうマニアックなことができる奴」と言う印象が残ったようです。

なぜ”マニアック”かと言うと、消費者向けビジネスがほとんど無い社内で、アンケート調査なんてスキルはまったく必要ないので(あっても、その時は今回みたく外部に投げる)、価値は無いですが希少なわけです。そう、希少無価値なんです。


で、先日、急に上司から「アンケート調査やるんだけど、マーケコンサル会社が週明けからお盆休みらしいから、お前がやってちょうだい」と言うことを言われ、3年ぶりぐらいにやることに。

まず最初にやったのがExcelの本を取り出し、ピボットテーブルの使い方を復習。

それからアンケートを読み込む。うーん、「これで何かメッセージ出せるのかよ?」と言う、何か知りたいことを盛り込みまくった内容・・・。

後は、生データのフォーマットを確認する。実は、回答データがセルに収まってなかったりすると、作業上、すごくボトルネックになったりする。



金曜日夜にデータが届いているのを見つつ、あえて気づかない振りをして、HDKさんからW杯土産でもらったワインを飲んでしまったわけです(下の日記を参照)。


眠いので、つづく
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by dskblog | 2006-08-12 00:00 | ビジネス

白ワイン

W杯取材に行っていた赤坂ディレクターHDKさんが、帰国後、お土産にドイツで飲んですっごく美味しかったと言う白ワインをくれました(わざわざ輸入して頂いたそうで)。


すぐにも飲みたかったんですが、いろいろあったり、またせっかく飲むならBESTの状態でと言うことで、ついつい今日まで飲むことができませんでした。



今日がXデーだと気合を入れて、仕事を早々に切り上げ、まず目黒のアトレの中の高級スーパー・ガーデンに行く。

かなり甘い白ワインと聞いていたので、からすみのパスタなんぞマッチすると思いつつ、からすみってどこで売っているのかよくわかってなかった。

からすみは高級っぽいので、きっと高級スーパー・ガーデンならからすみが置いてあるだろうと期待して思ったら、なし!

もう、からすみは諦めて、適当にトマトソースとペンネでアッラ・ラビアータのパスタでも作るかと思ったが、このような妥協をHDKさんが知ったら討たれると思い、渋谷まで山手線で出直す!

駅地下の東急をさまようと、「からすみ 風味」と言うものが600円で売られている。からすみってネットで2000円はしていたのだが、「これは安くて良い!」と思ってよく読むと、本来のからすみはボラの卵巣らしいんだが、このからすみ 風味はサメとか別の魚を使って似た味を出しているダミーだそう。ダミーでも同じ味なら良いかとも思ったが、このような妥協をHDKさんが知ったら討たれると思い、本物のからすみを探す。

するとあったのだが、最高級と書かれて木の箱に入ったその物体のお値段は、ナント6000円。おいおい、Probably、ワインより高いよ・・・。しかし、からすみ風味じゃ、HDKさんに討たれるだろうし、でもからすみ6000円って、それなりのイタリアン・レストランでランチコース食べれるじゃん。。。

何とか他にからすみが無いかさまよったところ、バッチリ2000円台の物を発見!!

気をよくして、スモークサーモン、チーズ、生ハムなど、結構、お高いものを買ってしまう。

せっかくだからと、夏らしいブルーの花のブーケも買う。


そして、帰宅してからせっせと料理。ちなみに、食材でからすみなんて使ったのは初めて。からすみって、こんなんなんだ(そもそも、いったい、何かもよくわかったなかった)と、調理しながら観察してしまった。


本日、2種類作る予定で、まずは、からすみとホワイトソースと大葉のパスタ。

実はホワイトソースとからすみって意外なことに合うのですね。しかも、大葉がすごく良いアクセントになっている。

料理っておもしろいですなぁ。

白ワインも聞いていた通り、ジュースのようにフルーティで美味しい。前にも書きましたが、僕は、過去の人生において、白ワインを飲みすぎて(後、歌広のウィスキーシングル)、何度も反省して来ているので、白ワインには苦手意識があるのですが、このワインはそんな僕の心のうずきを清涼な風となって駆け抜けていく、良いワインでした。



続いては、ペペロンチーノと同じようにガーリックオイルを作って、そこにバターを溶かしてパスタをからめてから、おろしたからすみをまぶし、最後に水菜を加える。

これまたピリっとした辛さとバターのマイルドな味にからすみが非常にマッチする。ワインには、こっちが合うかもしれない。

食材同士が調和して新しい見事な味が出来上がり、またそれと”マリアージュ”して広がりを与えてくれるワイン。

まったくもって奥深い世界であります。


外食ばかりの今日この頃ですが、やっぱり自宅で料理をもっとしたいなと思った。


次は冷やし中華をタレから作ってみたい(昨年、お酢に黒酢を使って大失敗した)。

ちゃんと、かの飯尾醸造から、最高品質の酢をGETしてあるのですよ、フフフ。。。
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by dskblog | 2006-08-11 02:02 | グルメ・旅