写真は白洲次郎氏


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LOVENET 梅雨の陣

昼過ぎに同期NLと、都ホテルのラウンジ・バンブーでコーヒーとケーキを食べながら談笑。

その後、夜はゼミの後輩学生らと、就職活動打ち上げを兼ねて、六本木のLOVENETで呑んだ。LOVENETと言えば、僕が企画した昨年のHDKさんの誕生日会以来になる。そして、なぜかHDKは僕の誕生日を企画してくれなかった・・・。


それにしても、後輩を見ていると、就職先も決まっていて先は漠然と見えるし、さらに授業からもだいたい解放されるから自由な時間もたっぷり合って、ある意味で内定後と言うのは、一番、美味しい学生時代の時間じゃないだろうか。


とりあえず、なぜか社会人と言うのは、乾杯して一口飲んでから、グラスをテーブルにおいて拍手するという不思議な習性があることを指導しておいた。


僕は基本的にストレス発散以外でのカラオケってのはあまり好きじゃなくて、ちゃんとゆっくり話したい時はカラオケは御法度なので、LOVENETでも3.5時間はずっと話していた。ただ、せっかく学生も少しは歌いたいだろうなと思って、残り30分だけ歌おうと言うことにした。


ここで、ドイツ留学経験のあるK部が、ドイツ語で『DSCHINGHIS KHAN』(ジンギス・カン)を熱唱してくれた。ふと気になったのは、蒙古襲来のもジンギス・カン(Chinggis Khan、フビライ・ハンとも言うな)と、何か関係あるんだろうか。しかも、蒙古のジンギス・カンは源義経と同一人物だというトンデモ説もある。 

しかし、ビールも回り悪ノリ癖の出てきた僕は、そんな歴史公証なんかよりもジンギス・カンの”カン”に注目してしまい、「次はKANの『愛は勝つ』を歌え!」と後輩に命じる。まったく強引な持って行き方だ。

まだKANが出てきた頃、日本にはいなかった中国人のS(なぜかパラパラが踊れる)が、不思議そうにKANの曲を聴いていたのが、印象的だった。

ちゃんと日本文化として「一発屋」の存在を説明しておく。

一発屋をさらに詳しくレクチャーすべく、「大事マン(ブラザーズバンド)」「J-Walk」「Class」なども紹介したかったが、ここで御時間となり2次会へ。


やはりどうしても一発屋を歌いたかった僕は、カラオケの歌広に行くことにした。

歌広と言えば、学生時代、2000年の5月の日本ダービー(東京優駿)のあった日(アグネスフライト優勝)、東京競馬場でのダービー観戦後、就職活動で知り合った仲間達が新宿で僕の内定祝いをやってくれて、その時行った2次会も歌広だった。

ここで、調子に乗った僕はウィイスキーシングル水割りで岡崎朋美呑み(基本、橋本聖子呑みとだいたい同じ)を披露し、うっかり記憶をすっ飛ばしてしまった。ここまで完全に記憶を無くしたのは、人生初だったので、それ以来、歌広のウィスキーシングルには強い苦手意識がある。



しかし、本日、歌広に入って続々と運ばれてくるのが、このウィスキーシングルだった・・・。


明日は朝一で関西出張で、けっこう大事な打ち合わせ。

絶対に潰れられません・・・。


後輩らからは、「DSKさん、前の時みたいに潰れてくださいよ」と言う強いプレッシャー。

目の前では、社会人のキャッシュ負担を減らす為に召集した(?)D通のAjunが、早々にジーンズメイトで売ってそうなシャツを脱ぎ捨て、「オレのギャランドゥー、すごいだろぉ!」と学生に吼えながら、醜い上半身を振舞わしてGOLDEN FINGER’99を熱唱している。

「東大出て、こんなことやってて恥ずかしくないのか?」と突っ込むが、「良いんだよぉ~」と反省の色が無い。省庁を蹴ってD通に行って本当に正解(?)だ。いや、むしろ間違えだったのか?

仏高級ブランドに内定が決まっているK山は、ほとんどの衣服を脱ぎ捨て、店員に「下ははいてください」と注意される始末。昔、ここのブランドを日本の女子高生が猫も杓子も身につけていることを知った仏本国のデザイナーが、「価値も分からない未熟な彼女達のためにデザインしたわけじゃない」と嘆いていて、さすが誇り高き伝統と哲学のあるブランドだと感心したものだが、きっと今日のK山の雄姿を見れば仏本国は度肝を抜くだろう・・・。社割りには期待している。


某エアラインの総合職とパイロットに決まっているK部、T兵は、いきなり「DSKさん、この前、人事部の人が、社内結婚が7割と言っていたんですが、男女比と職種から判断するに、これって、そういうことですよね?」と真顔で聞いてくる。そういうことって、何なんだろうか・・・?



まったりしつつハイテンションな異様な空気に思わず、学生時代にジャン負け全裸マラソンをやっていた血が騒ぎ出すが、コンプライアンス(法令遵守)と言う名の拘束具が何とか僕を抑える。

自主規制から上半身を脱ぐに留めたが、自分が社会人だってことを忘れるぐらいに、久々にハジけてしまった。


もう毎週、毎月はこんなハジけたいとは思わない。むしろ自宅で読書でもして物思いにふけることが有意義だ。

でも、半年に1回ぐらいには、ふと何もかも忘れてリセットを押すがごとく、学生のようにハジける時間も大事だな。



そう言えば、この前、近所の友達と公園でFK練習やPK合戦をする夢を見て(W杯の影響?)、ふと目が覚めた瞬間、真剣に今は1993年で自分が高校生だと思いこんでいた。。。

あれはもう10年以上前なんだと自分で納得するのに30秒ほどかかったが、同時に、たかだか10年ちょっと前に、毎日当たり前に友達とやっていた遊びを、なぜいつのまにかやらなくなって、あれほど楽しんでいたことにに興味を持たなくなってしまったんだろうか、そんなことを考えました。
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by dskblog | 2006-06-25 00:00 | 仲間

F2F>TEL>Mail

昨秋の本社復帰後は、大企業内での事業企画・開発をどう進めるのかとか、そもそもダイナミックな事業戦略をどう描くのか、頭の使い方がわからずに悩んでいた。


やっと最近、「なるほど、ナショナル・カンパニーを束ねての、事業企画とはこう進めるのか&こう考えるのか(そして、こう言うのが商社っぽさなんだろうなぁ~)」ってことが、わかるような気がして来た。


昨秋までは、約2年にわたって立ち上げ段階から子会社での事業開発現場で経験を積み、一企業が日々経営されていく姿を内部からじっくりと見せてもらったわけだが、今度は会社経営よりも事業企画的な思考や大企業同士の流儀みたいなものに触れており、出向時代とはまた違う体験が新鮮で刺激的な毎日である。


話変わって、そう言えば、ボーナスシーズン! だが、既に引越し費用や、その後の家財道具にキャッシュは消えており、多少のキャッシュが手元に残る安堵感ぐらいしか無い。

ちなみに先月の評価面談で、上司の方から与えて頂いた2006年度の課題が、

①ホウレンソウをしっかりしろ。一人で抱え込んで先行するな。
②コミュニケーションは、直接会って口頭でするよう心がけろ。無理なら電話で。メールに頼りすぎだ。
(③それと、「~っすか?」というたまに出る学生言葉は、気になるからやめてくれ。)






うーん、新入社員のようだ(涙)。



昨年はもっとずっと高度なことを要求されたのに、、、


まとめれば、「何でもメールで事後的に済ませすぎだから、前広にちゃんとFace to Faceで会話するようにしなさい。仕事するのは40、50歳以上の人たちで、若い人同士のようにメールでのコミュニケーションに慣れていない人も多いのだから」ってことだった。


そんなわけで、今、机には黄色いポストイットに

「F2F > TEL >Mail」

と書いて貼って有るわけです。



こんな単純なアナログの紙切れ一枚なのに、「第一志望、絶対合格!」ではないが、けっこう意識が高まる。




んなわけで、このBlog読者の皆さんもたまにはF2Fで会いましょう。
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by dskblog | 2006-06-24 12:41 | ビジネス

骨折に係る件

何か、日々更新ってより、事後でまとめてってパターンが多いな。6月もバタバタ働いていたら、もう残すところ1週間になっていた!!


右手指はギブスは取れて、時間さえあればグっと握る練習をしている。


一応、先々週ぐらいに大森にある専門病院で「手の整形外科」で診察を受けに行ったが、何と、本当なら3,4日ぐらい入院して骨の方向を直す手術する必要があったらしい。

しかしながら、病院に行くのが「時、既に遅し」だったらしく、骨が固まりつつあるため、「曲がった指も一つの個性」という強引な結論となった。


後遺症として、グーの形をすると隣りの中指と重なってしまうため、上手く物を握れるのかちょっとだけ心配。そこで、その不安を先生にぶつけた後のやり取りが、次のような感じだった。


まず、先生に率直に「後遺症で、これから出来なくなることとが、出てきますか?」と聞いて見た。

すると、

「じゃあ、逆に、あなたがこれからの人生でやりたいことを上げて行ってください」

と言われる。



「こ、これからの人生でやりたいこと??!」



こんな禅問答のようなテーマを投げられ、思わず言葉に詰まる。「別荘を持ちたい」「犬を飼いたい」etc、いやこんなことじゃないんだろうと察し、それでも何か返さねばと思い出てきたのが、


「キャッチボールはできますか?」


という質問だった。言った瞬間、自分でも「本当に、オレはこれからの人生でキャッチボールなんてやりたいんだろうか?」という疑問が湧く質問だった。しかし、先生は即答してくれた。



「できます。」



その言葉に別に安心も何もしなかった・・・。むしろ、あっさりした先生の返答に、僕は言葉を失った。そんな揺れている僕に、先生はさらに禅問答を推し進めてくる。



先生「他にやりたいことはありますか?」


何か言わなくてはと、あせりながら、口を開く。

DSK「う、腕立て伏せはできますか?」


先生「できます。他には?」


DSK「ピアノはひけますか?」


先生「ひけます。他には?」



別にスポーツを真剣にやっているわけでもないし、小学生以来、ピアノを練習したことなんてない(部屋にアップライドピアノはあるが)。しかし、人生でやりたいこととして、なぜか「腕立て伏せ」「ピアノ」なんて言葉が出てきてしまう。



気づけば「何か、後遺症で困るような、もっと先生を悩ませる難しいことを言わなきゃ」というプレッシャーを感じ、本来の目的を逸脱した精神状態に僕は陥っていた。そして、自分でも驚くような言葉が口をついて出てしまった。






DSK「すいません。私は将来、医者になれるでしょうか?」



一瞬、先生の顔色が変化した。僕は「勝った」と思った。


しかしながら、先生は一枚上手だった。



「内科医なら、なれるかもしれません」



DSK「あ、ありがとうございます」

先生「やりたいことは、十分に聞けましたか?」

DSK「はい・・・」




そんなわけで後遺症の心配はほとんど無いぐらいに回復するそうで(やや痛みが残ったり、完全に元通りにはならないらしいが)、キャッチボールしたり、腕立て伏せをしたり、ピアノをひいたり、急に人生のどこかで医者を志しても、大丈夫みたいです。。。




それよりも今はギブスなしで、こうやってキーボードを自由に叩けることが幸せなんですが。
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by dskblog | 2006-06-24 12:22 | 雑感

白ワイン

土曜日の本日も出社・・・。

それぐらいか。

木曜日に内定者お祝いディナーがあって、半蔵門のエリオに連れて行った。何か味とサービスが落ちたような気がしたのだが。

ただ、久々飲んだ白ワインは、かなり上手かった。あまり好きじゃなかったのだけど。

そもそも、新人時代、白ワインを飲み捲って急性アルコール中毒になって、救急車で運ばれて以来、白ワインは鬼門として封印していた。

そう言えば、この時もコケて、小指を折った。。。


今回はの骨折は、思いっきり曲がったまま骨が固まりつつあって、場合によっては入院して手術の可能性もある(全身麻酔らしい・・・)。

と言いながら、忙しすぎてかかりつけの医者から紹介された専門病院に行く暇が無い。


時間にも心にも余裕が無いなぁ。
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by dskblog | 2006-06-04 01:56 | ビジネス