写真は白洲次郎氏


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ES

ミスチルの歌じゃないですよ。。。あれはesでしょう。


最近、ゼミの後輩やOB訪問の後輩から、たくさんエントリーシート(ES)の添削の依頼が来る。


おそらく、こういうバイトなら一通添削すれば3000円ぐらいもらえると思うんだが、そう考えると10万円近いボランティアをやっていることになる。偉い!


ただES添削をやる中で、愕然とするのが、まったく日本語になっていない文章がけっこう多いことだ。小学校は言い過ぎでも、中学とか高校の卒業文集レベルのものは少なく無い。

まだ内容が意味不明ことは置いておいても、論旨もメチャクチャ、センテンス同士の論理の飛躍も多く、さらに簡単に仲間とか信頼とか感謝とか教育テレビみたいな単語を使うからたちが悪い。。。


そりゃ、志望動機については、業界や会社のことを知らなきゃいけないから、内情も知らず就業経験も少ない学生だと、空想めいた話になり、ついつい支離滅裂な表現になることは100歩譲ろう(でも、それじゃ内定しませんが)。

しかし、それを割り引いても、そもそもロジックとかワーディングがとても学士、修士候補に値しないものが多い印象。



難しいのが、こちらも親身に添削してあげたいのだが、「全部ダメ」だから、どこをどうすると言う指摘がしにくくて、泣きそうになる・・・。「これじゃ、たぶん受かりませんよ」とも言えないしなぁ。



基本、ほとんどが早稲田大学や大学院の学生からなのだが、一体、こんなんでどうして入試に受かったのか不思議になる。やはりマークシート試験だとこんなものか。


ここで、「今の学生はレベルが下がった」と言うのは簡単だが、別にそんなことは思わなくて、フォローしておくと僕の就職活動中もこういう「まとも」な文章が書けない人はたくさんいた。


ちょっと冷静に一歩引いて、「この文章をゼミの教授とか自分のオヤジ(みたいな人)に読ませるんだよな」と思えば、そんな変なものを書かないと思うのだが。




一方で、弊社内で飛び交うメールを見ると、語彙がかなり堅すぎることは置いておいて、なかなか締まったキレのある文章が目立つ。

特にロジックと言うよりも、クリスタリング(最近、知ったが、長い緩い文章をバシっと短くキレある表現に替えることを、こう言うらしい)のセンスは、半端無い。


「如何ともしがたし」「御如才無きことながら」「御高覧賜り」「格別の御高配」「貴信拝承」・・・・etcとか、最初は「何だ、こりゃ?中国語か?」と思ったが、いつのまにか自分もそういう文章を書くようになった(そして、クライアントに「もっと柔らかく書いてください。怖いですよぉ」と言われる・・・)。


まあ、ボクはかなり甘くて緩い表現が多い方だと思いますが。。。



あ、数年前にお偉いさん向けのレポートを書いた時、「下記のように」を「以下のように」に書き換えるよう赤を入れられた記憶があるのだが(逆かも)、「以下」「下記」って何か使い分けのルールとかあるんでしょうか?

それと、思慮と思料って意味違うんですかね(思案ってものあるな)?


ま、重たい部署の人に聞こう。



すいません。話が飛びました。


ESの添削で、わからない学生相手にダメ出しするのは簡単なんだが(ちょっと社会人面すれば誰でもできるし)、そんなところに価値は無くて、じゃあどうすれば学生が自力でBrushUpさせられるか、ここが難しい。

そこで、どうすれば今の学生が内容以前にまともな論旨と表現の文章が書けるようになるか、自分のビジネス文書上達のプロセスの中にヒントがあるんじゃないかと思い、自身の経験を振る返っているわけなのであります。


自分の場合を考えると次の3つがあった気がする。3つなのは、偶然ですよ。
①メールや社内文書などで日々飛び交う洗練されたビジネス文書の中に浸かっていた
②自分の書いたものに、たまに赤を入れてもらえた(最近、めっきり直されなくなり、逆に不安・・・)
③見捨てられたらやばいという危機感から、貪欲に盗もう、学ぼうとした


何か語学の習得みたいだな。

ただ①②ってのは、大学でもレポートとか論文でそういうトレーニングはあると思う。なのに、ESとなると小学生の作文みたいな奴が多いのは、何でなんだろう?

③の危機感が足りないだけの問題か(卒業生の4割りをフリーターとして輩出している都の西北なら、大いにありえるが)。


とは言え、実は小学校から大学でもちゃんとした日本語のライティングって無いんだよな。


ゼミ後輩との勉強会が来年もあれば、何か試して見よう。




以上、日帰りで関西出張から帰って来て、ESの添削なんどしていた雑感と言うか愚痴めいたものでした。。。
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by dskblog | 2006-03-21 02:12 | 雑感
最近、映画を見ても涙することが少ない。

昔はすぐ感動して泣けたのに。


普通、歳を取ると涙腺がモロくなるなんて聞くが、僕は社会の荒波(?)にもまれる中で、冷徹になったのか鈍感になったのか、感動の涙を味わうことが滅多になくなってしまった。

もう感動して泣くことができない人間になってしまったのかと、ちょっと自分の感受性の鈍りに物足りなくなっていたが、先ほど、ESPNのサイトのこのビデオを見て感動してボロ泣きしてしまった。


泣ける人間でよかった。。。



■適当なサマリー(間違ってるかも)
Jマックは、NYのロチェスターのギリシャ・アテネ高校のバスケットボール部マネージャー。

2歳の時に自閉症と診断される。

バスケ好きなJマックは高校から選手にはなれなかったが、マネージャーとして練習を献身的にサポートし、試合の時は選手への敬意から白シャツにネクタイという格好で懸命に声援を送った。

高校最後の試合。勝利は確定的だったので、監督はJマックを選手として出場させることにした。

残り240秒。そこから奇跡が起こる。


もちろん実話ですよ。
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by dskblog | 2006-03-16 01:04 | 本・映画・音楽
1ヶ月ぶりぐらいにTOTALWORKOUTに行って来た。

毎月2万円以上の会費を払っておきながら、月2回程度しか行っておらず(1時間1万円!!・・・)、もったいない。ビジターでも1回3000円なのに。


寒かったり、疲れてたりで一度、行くのを躊躇すると、ダラダラと怠け癖が出て、だんだん引きこもりになる。かえってストレスがたまったり、精神的にも気合が入らず、さらに体調も引きずられて絶好調とは言えず、疲れが残ったままになる。

つまり、ダークサイドのスパイラルである。


一方で、ちょっとぐらい疲れていても、ここをがんばって行けば、思いっきり汗を流すことはストレス発散になるし、ストイックにやりきったという自信につながる(これがデカい)。そして、これを続けると、明らかに身体的に代謝も上がるのか、活力が出る。

これこそ理想のスパイラルと言えるだろう。


人間の才能とは「学習することと習慣化すること」だと僕は思っているので(どちらも苦手だから、困ってしまうのだが)、今日の一回を起点に後者をがんばって行きたい。


そう言えば、3月のふとした夜に強い風が吹いてきて、思わず寒さを堪えようと身構えたものの、その期待を裏切るがことく生暖かい春の風が全身を包んだ瞬間、これが僕にとっての毎年恒例の春の訪れである。

ただ、今年は昨日の日中あたりにけっこう暖かくて、あっさりと「あ、春じゃん」と感じてしまった。


ちなみに、先週末ぐらいに「喉は痛いし、何か体が気だるくて風邪ひいたかな」と思ってたら、花粉症の季節でした。

昨年の余りもののクラリチンを飲んで凌いでおります。今年こそ予防注射を試してみるんだった・・・。
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by dskblog | 2006-03-09 23:27 | 趣味

マイクロマネジメント

M物産は独身寮を復活させるらしいし、S商事は入社後10年までの年功制復活という記事がそれぞれ2、3月に出ていた。

戦略、管理、財務の手法なんかはここ数年で進化した印象だが、一方で組織とか人事は何か昔の日本的経営に戻っている気がする。



今日は、久々に(2006年初?)同期Jと五反田の聖地ワタミに繰り出した。

そこで、Jが「細かい組織単位だと中規模案件ばかりになって、大胆な投資ができないから、もっと昔の部制のような大きな組織になって行くんじゃないか」という考察を見せてくれた(その後、愚痴をたくさん聞かされることになるのだが・・・)。



なるほど。


確かに、撤退事業の見極めをするには、細かいメッシュで見てみる必要があり(大きな単位で見ると、全体で儲かっていれば赤字案件が見えない)、それにはマイクロマネジメントが有効なのだろう。

ただ、これは個々の事業のEXITorGOを判断するのには有効かもしれないが、ダイナミックな視点で大きな案件を育てて行く未来型の取り組みには不向きかもしれない。

一つには、組織単位が小さい分、委譲される権限も小さく、事業当事者による大型案件のダイナミックなハンドリングが困難であること。もう一つは、事業業績の結果が細かく露呈するため、結果が悪いとEXITの圧力が高まり、中長期の視点で取り組めないこと。

そのへんが理由のような気がするが、どうだろう(大組織に昨年の11月に復帰したばかりなので、よくわからない)。

この仮説がそこそこ正しいなら、リストラが完了して、それなりの収益を上げられるようになった企業が、次に未来のさらなる成長を目指して取り組む場合、大きな単位の組織に改編して勝負をしかけるのは自然の流れかもしれない。



要するに、その時の社会環境や企業の状態によって、組織は変化すべきなのだ。


あらゆる時代において、万能の理想的な組織など無いのである。



これまで、どういう組織の有り方が理想なのかと思っていたかと言えば、一般的にはフラットな組織とか小回りの聞く小さな組織が良いと言われているはずで、それを鵜呑みにしていた感がある。変化に迅速に適応するには、事業現場に判断をさせないと間に合わないからである。

他方でコンプライアンス(法令遵守)とかコーポレートガバナンス(企業統治)などの組織管理をどう行うかというトピックも、ちょっと前のトレンドだった。現場を甘やかすと、都合の良い部分最適を目指し、暴走するからだろう。


これらの一見、矛盾する課題にバランスを取りながら、持続的な成長を企業をしていかなくてはいけない。すると、当然、その時の環境や企業戦略によって、組織は変化させられて然りである。


良い組織そのものが大事なのではなく、都度、適応した組織に”変化できること”が大事なんじゃないか。


なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだろう・・・。



ところで、話はちと変わって、最近、思うのですが、日本人って(と括るのも無理があるかもしれないし、外国人はどうなのか知りませんが)、実際のPLAYとかよりもついつい野球の打順やサッカーのシステムのウンチクを語るのが好きだったり、何か組織構造、体制みたいなものに一言申すのが好きな感じがします。


こういうのって、だいたい自分の取り巻く環境に納得が行かないことや自分に力が無いため、一つはスポーツチームの監督になった気分になって安全なところで素人が勝手に議論しているのか、もしくは自分が上手く行かない愚痴を組織論に変えてそれっぽく講釈を垂れているんじゃないか。

言いすぎだろうか。




って、十分に組織論を今、まさにぶってしまったオマエが言うなよって、一人突っ込みしているわけですが。
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by dskblog | 2006-03-01 00:00 | ビジネス