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写真は白洲次郎氏


by dskblog
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やっと、、、

昨年の9月からマンションの販売活動をやっていたが、本日、マンション売却の契約が完了。

週末に契約書の読み合わせをして疲れたけど、これで、重たいアセットから解放される。


時間はかかったが、幸運だったのは、N不動産の全国トップの成績を誇るMさんに全面的に信頼して御願いしたこと。

こちらが、なかなか決まらない状況で販売価格を下げてみようかとか弱気になっても、「もう少し時間をください」と言って、がんばってくれた。


ちなみに、御願いしたのとは別の競合の不動産会社の人と話している時に、「このエリアでの競合はどこか?」という質問に、ポロっと「N不動産のMさんはすごいみたいですね」というセリフを聞き逃さず、一度は提案内容がイマイチで断っていたが、すぐに御氏名でMさんに電話をした。

やはり、我々の仕事と同様に商流近辺から浮き上がるリアルな情報は大事ですね。


色々と甘いことを言ってくる不動産会社もあったが、建設関連ビジネスの経験がある上司の方に色々と相談に乗ってもらい、「会社の仕事と一緒で、絶対に甘い言葉に乗らず、ちゃんと信用できる人に頼め。プライベートでも我々の仕事のスタイルを貫け」という御助言を頂き、その言葉を信じて本当に良かった。

Mさんの裏表の無い真摯なスタイルもすごく勉強になった。

改めて、信用、切実、総じて言えば公正明大であることの重要性を認識した。


さて、次は引越し先を急いで探さねば!


最後は派手に解散(?)パーティーをやろうと思っています。
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by dskblog | 2006-02-25 23:38 | 雑感

OB訪問

母校で講演したこともあって、今年は依頼が多い。

また、きっと本社に戻ったってことと、そもそもこの分野をやっている若手が少ないことから、同期や先輩からの御願いも多い。


前に書いた自己分析①のように(続編はまだかと言われますが、途中まで書いて保存状態になってます)、OB訪問で学生の忌憚無い質問に、真剣に頭を悩ますこともあり、仕事では得られない刺激を得ている。



今日は、早稲田と慶應の学生さん3名。


ハイネケン片手に2時間ぐらい話したが、印象的だったのが


「DSKさんの目から見て、自分の会社と、各競合会社の社長をそれぞれどう思いますか?」


という質問。




「・・・・・・・(汗)」




失礼ながら競合会社の社長など、名前もお顔もまったく知らない・・・・



咄嗟に切り返す。


慶應の学生に「君は早稲田の学長を知っているか?」、そして早稲田の学生に「慶應の学長を知っているか?」とふる。


当然、「知りませんね・・・」という回答。


「そう、それと同じなんだよ!」

と言うよくわからない詭弁で切り抜けた。




も、もちろん、ちゃんとフォローもして、

「もし君らが、野球部にいたとしたら、慶應の野球部なら早稲田のエースのことは知っているよな。逆に早稲田の野球部の人は、慶應の4番バッターは誰か知っているはず。それで、相手を倒すために、必死に知恵を絞ってがんばるわけでしょ。」


「でも慶應野球部の部員は早稲田の学長なんて知らないだろうし、早稲田の野球部の部員は慶應の学長を知らなくても困らない」


「事業も同じで、まずは自分の業界の敵をしっかりと見る必要があって、別に競合会社の社長とかはあまり視野に入って来ないんだよ」

と説明を加える(ああ、早慶戦がなつかしい)。




こんなスポーツの例を使ったためか、帰り際、早稲田の学生さんが嬉しそうに尋ねて来る。

「やっぱ、DSKさん、早稲田スポーツを愛されているんですね。今年はラグビーとか熱いっすよね!!」





「いや、あんまり興味ない・・・」


「・・・・・・・・・」



すいません。





オマケ:

「DSKさんが、今の会社と未来の会社を漢字一文字で表すと、どうなりますか?」

「おいおい、笑点じゃないんだからっ!!」(とオーバーリアクションをしつつ内心、冷汗)。。。



それぞれ「信」「商」と言う字を送らせて頂きました。小学校3年生レベルの漢字ですね。



って言うか、こんなんで何か役に立つんだろうか。
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by dskblog | 2006-02-25 03:30 | ビジネス

コアコンピタンス

仕事で、年末から個人的に某分野に着目し、後輩と小さくReserchをしている。

若手でも、自分で言い出せば、事業企画という高度なことに挑戦させてくれる会社の度量には本当に感謝している。もちろん具体的な形にするには、社内外を巻き込む必要があって、それはそれで経験の利があるんだろうが。


しかしながら、劇的な環境変化の中で、インパクトある分野だと確信しているし、その気になれば海外まで視野に入れたBIG構想は思いつくが、そこからなかなかビジネスモデルが描けずに頭を悩ます。

良い意味でも悪い意味でも、未知の分野だけに、プレイヤーもたくさんいるし、複数の参入機会があって、色々な可能性がある。

新規事業と言うのは、仮説の自由度が高すぎる気持ち悪さがある。


また、海外事例や国内の状況を見ても、課題、問題点、リスクを指摘する声はたくさんある。

「その分野は、ビジネスにならない」なんて声もいっぱい聞こえてくる。




だからこそ、燃える。



そんなもん、簡単に行く事業なら、誰でもできるから、結局、差別化なんてものは成り立たなくって、逆説的に言えば、簡単に行く事業にはなりえない。


コアコンピタンスとか競合優位性ってのは、「誰もできない」「誰もやりたくない」ってハードルを突破する先に構築できるんじゃなかろうか。


同時にON GOINGな日々の仕事も色々あるわけで、タバコもそりゃ増えますって。
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by dskblog | 2006-02-25 03:05 | ビジネス

トリノからの3つの学び

今朝はホームシアターの大画面で一人、タバコを吸いながら女子フィギアを観戦。

ついついロシアのスルツカヤとかアメリカのコーエンが転んだりすると「よしっ!」と思ってしまったり、「もっとこけろ!」と念じてしまうスポーツマンシップの無い自分に、人間的な器の小ささを悩む明け方だった。

スルツカヤなんて病気の母親と自分も病気で、その治療費を稼ぐためにスケートをやっていると言うのに・・・。

それにしても、金メダルの荒瀬も4位の村主も、いかにもワセ女という感じのルックスですばらしい。親しみを覚える。



女子フィギアに己の小物っぷりを感じると共に、もう2つほど、今回のトリノで気づきがあった。


まずは女子カーリング。一見、地味そうで、あの高度な戦術戦にけっこうハマってしまった。まだルールはよくわからないが。

そして、こんなカーリングなんてマニアックな種目に興味を引かれている人間は日本でもそういないだろうと、自分のインテリジェンシーに酔いしれていたら、今回の女子チームの健闘で思いっきりプチブームの予感だそうで・・・。

ああ、オレって世の中の大衆のど真ん中にいる人なんだなぁと、これまた気づきました。



もう一つはちょっとはマジメな考察で、女子のスピードスケート500mを見ていて思ったのだが、よくアナウンサーとか解説の堀井さん(元オリンピック選手なのにアナより声が良い)が「競うような形になればおもしろいですよ」「ここは、○○が引っ張ってくれますからね」とか言っている。

逆に一人がこけて消えると「引っ張る選手がいなくなるので、厳しくなりましたね」なんてコメントがある。

極限まで鍛え上げたオリンピックの大舞台では、相手との戦いと言う相対的な要素よりも(もちろん種目によっては駆け引きなどあるんだろうが)、BESTの自分を出しきれるかどうかという絶対的な要素が重要であり、言わば「己に勝てるか」という一点が全てなのかと思っていた。

しかし、スピードスケートを見るに、ある意味で好敵手の存在という他力本願な部分が能力の解放に必要なのだなということが、とても意外だった。


思い返せば、自分も高校時代の50m走の測定の時は、足の速い友達とペアを組むように心がけていたな。。。 

次元が違いますが。

ちなみに、体育教師の目を盗んだ独自のフライング・スタート(たぶんこれで0.3秒ぐらい稼ぐ)と、後半の引っ張り効果で、6秒前半ぐらいだった記憶があります。
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by dskblog | 2006-02-24 00:00 | 雑感

CRM

最近は遠ざかっているが僕の趣味の一つが天体観測である。

その延長で、昨年、ホームスターと言う家庭用プラネタリウムを買った。たまに就寝前に部屋に満点の星空を映し出している(昔は蛍光塗料の星シールを貼っていたのがなつかしい)。

ただ、一つ物足りなさを感じていたのは、星の色が全部、同じことだった。自然界の星は、当然、青白い色(例:ベガ)から、黄色(例:カペラ、太陽)、赤色(例:ベテルギウス)などがある。これを表現しきれずに、星空の神秘を語るのは早すぎる!


そんな想いを抱いていたところに、昨日、AMAZONからメールが来た。

==
◆Amazon.co.jp おもちゃ&ホビーストアからのご案内◆
        『家庭用星空投影機 ホームスター専用ソフト
          日本の星空(星座絵入り・カラー版)』
            【¥2,079】で好評予約受付中!   
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
以前に、Amazon.co.jpで「ホームスター」などをお買い上げいた
だいたお客様にこのご案内をお送りしています。
『家庭用星空投影機 ホームスター専用ソフト
               日本の星空(星座絵入り・カラー版)』

==


「ああ、カラーを出してくれるんだ!」と喜ぶと同時に、自然にAMAZONのサイトでチェックしてしまったが、それ以上にふと冷静に「すごいな」と思ったのが、AMAZONによるこのようなCRM(顧客管理)だ。

「以前に、Amazon.co.jpで「ホームスター」などをお買い上げいただいたお客様」は、当然、関連製品を購入する可能性が高いわけで、それに対してこんなメールを一通出すだけで、おそらく購入率はとても高いだろう。


メール配信のコストなんてたかが知れてるだろうし(もちろん何かしらのASP費用は発生するわけですが)、ターゲットをしっかり抑えて的確なタイミングでPUSHできれば、極めて費用対効果の高いマーケティングが可能になる。

そんな数年前に流行ったONE TO ONE マーケティングを、ふと今さら、実感するのであります。


で、やっぱりたぶん買ってしまうのでしょうね、僕は。
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by dskblog | 2006-02-08 10:55 | ネット

EXCITE Blogを使ってみて

EXCITE Blogって、アクセス解析が使えないみたい。まあ、1ヶ月に一度ぐらい、アクセス状況をチェックしているぐらいなので、そんなに困るわけじゃないが、何かつまらないなぁと。

自分のBlogから、簡単に設定へ投稿画面に飛べるのは、やっぱり便利だし、デザインも豊富なのだが、ライブドアの方が細かい機能が進化していた印象。

うーん、次はAmebaでも行くか。。。
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by dskblog | 2006-02-07 00:21 | 雑感
先月、某戦略ファームから社内に出向しているUさんとオフィス近辺で飲んだのだが、そこで「PC、TV、TVゲーム、携帯電話のどれを子供に与えるか、また何歳で与えるか」とか「小学校ぐらいで、ロジカルなライティングの授業を作るべきじゃないか(結局、レポートの書き方って大学でも学んでいない・・・)」みたいな会話をした。

それ以来、自分が親なら小学校でどういう科目設計にするかを、一人考えている。そもそも、一番、不思議なのは「国語」の位置づけだ。文学鑑賞的なアートな部分もあれば、評論文を読み取る論理的理解力も求められる。これらは、本来、別々の分野じゃないだろうか。

そんな中で漠然と見えてきたのが、次のような科目分けである。

==
基礎:PCスキル、リサーチ、ロジカル・シンキング&コミュニケーション
教養:社会(公民、地理)、人文(文学、歴史、美術、音楽)、自然科学、算数
活動:スポーツ、芸術、ボランティア
==

一見すると、大学の教養の分類に近いこと、また基礎トレーニングがあることが、特徴的だろう。

まずは、ベースの部分でしっかりとPCを使いこなせることを学び、自分で興味のある分野についてインターネットを使ったり、図書館に行って調べる方法を学習する。さらに、調べたことをちゃんと正しく理解し、自分の頭で考えて整理でき、きちんとレポートにまとめられるようにトレーニングする。

はっきり言えば、僕の場合、こういうのは恐ろしいことに会社に入ってから叩き込まれたが、遅くとも大学ではある程度、できていなければいけないことで、全ての基礎でもあるし、初歩は小学校からやっておくべきだと思う。


このベースの上で、具体的に各教養科目を学ぶわけだが、当然、ベースがしっかりしていれば、それぞれの分野で興味があれば自分で調べたり、調べた情報を正しく読み解き、さらにそれをまとめて発表したりすることができるようになる。おそらく、ゆとり教育だ詰め込み主義の弊害だとか言っても、未だに、ここが、今の教育に最も欠けている部分ではないか(だって、教えられる人、ほとんどいないでしょ・・・)。

また、各科目については、社会が主に自分の暮らす世界の理解に主眼を置き、人文は感性を磨き文化を理解することを目的とする。自然科学は、環境や自然の神秘などの発見を目指し、そして算数は緻密な思考のトレーニングを狙う。少なくとも、僕が各科目から受けたインスピレーションは、こんな感じだった。そう、こんなもん、インスピレーションを受けて、物事の見方が複眼的になればそれで良くて、細かい知識なんてGoogleとかWikiPediaに任されば良いはずだ。これからの時代、大人が知識力で勝負しても、Googleで情報検索をできる子供には勝てないのだから。


たぶん、このように基礎と教養を分けず、また各科目同士の連携が見えないから、科目に知的な深みが無く、「割り算ができて人生、何の役に立つんだ(合コンでの会計センスが養われると思うが)」「歴史の年号を覚えて、何の特になるんだ(合コンで、京都好きの相手に教養っぷりをアピールできるはず)」という発言が出てくるんだと思う。


直接的に役に立つ知恵は、基礎として与え、それを活用して人生を豊かにする教養を学ばせることで、一体的な人間教育になると思う。


もちろん、頭でっかちにならないよう、スポーツや芸術の実技、またボランティアなど、活動も重要である。ここでは、教養から一歩踏み込んだ学びを得たり、リーダーシップとかチームワークを体験することが目的だ。



子育ての目的とは、子供を通して自分の自己実現を疑似体験することなんかじゃ絶対に無く、子供が一人で生きていけるよう支援することを通して自身も人間的に成長することだと、僕は思っている。

そのためには、上記のようなカリキュラムが必須だと考えるのだが、おそらく、自分の子供ができた時に、小学校はこんなカリキュラムになっているとは思えないので、特に基礎部分は自分でしっかり教え、自宅で学校で習ったことを自分で整理しなおして表現する機会を与えてあげなきゃいけないなと思う。


そういう意味で、最初の質問に戻れば、与えるのは、PCを小学校ぐらいでだろうか。

後は、テレビゲームよりも、日本文学全集とか、岩波ジュニア文庫、望遠鏡、楽器なんかで、親子で楽しむことが大事だと思う。
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by dskblog | 2006-02-07 00:00 | 教育

自己分析①

12月の講演の影響もあって、OB訪問を毎週のように受けている。またゼミ後輩との勉強会で学生らと語り合うことからも、ふと、自分のこれまでの経験を見つめなおすことがある。

就職活動で自己分析、自己分析と騒ぐ連中は多いが、こんなもん、日々、自分の行動とその背後にある想いを省みていれば、直前になって慌てる類のもんじゃない。

とは言え、就職活動の時ってのは、自分売り込みモードでの自己分析であり、言ってしまえば、「僕は○○な人間です」と言うために、都合の良い過去の経験だけをPickUpしていたことは否めない。

そんなわけで、今さら、学生と話しながら、帰りの電車の中で「今の自分のこういう部分は、あの時の経験がベースにあるなぁ」とか振り返っている。


独白的な内容となってしまうが、今後のため、備忘録として書き残しておきたい。


①高校:裸の王様への反抗
なぜかはわからないが、今でも僕の根底に「大したこと無い奴が、大したことある振りをして、高いところから偉そうに吼えていることを、極端に嫌悪する」と言った価値観がある。反権威主義と言ってしまえば、話はシンプルだが、然るべき権威への尊敬はあるのだから、要するに裸の王様嫌いなのである。


そして、高校時代と言うのは、僕の目からは教師の大半が「裸の王様」であった。

いつも、「何でこの人達は、こんなに偉そうなのだろう?そんなに深く人生を理解しているのだろうか?その割には、随分と言動が曖昧じゃないか?」と悩むように考えていた。

思春期の反抗期の影響もあるし、こういうことを考えていたのは僕だけでは無いだろうが、この思想を行動まで貫いていたのが当事の僕である。


大学時代、社会人時代のお茶目(?)な人生のネタが注目されるが、実はそれらを凌駕する伝説が中学・高校時代にはいくつもある。

思い返すだけでも、「(”授業が終わるまで立ってるか?!”と怒られて)、後7分でチャイムなんで、立ってた方が楽だから、そうします」「能力が均等になるようなクラス分けなのに、どうして先生の受け持つクラスだけ、毎回、平均点が低いんですか?生徒をすぐ怒るけど、先生に問題があるんじゃないですか?」「先生の授業を聞かないで自分で勉強した方がテストの点が良かったので、今後、授業は聞きません」などと、数々の暴言(でも正論)を吐き続ける問題児であった。恐ろしい・・・。


その後、この学校を辞めてしまったが、「退学」と聞いた母が泣いた以外は、別にそんなに人生で困ってないので、「あの先生方の戯言をまったく聞かなくても問題は無かった」と自然と思っている次第で、むしろ「裸の王様に自分の人生を左右されてたまるか」と言う気持ちが根強くなった。

今でも不思議なのだが、教科書ガイド片手にマンネリ化したつまらない授業をする人達が、どうして生徒にがんばれとか、勉強しろとか、もっと偏差値の高い大学を受けろとか言えたのだろうか。彼らは、授業内容を高度にするようがんばってないし、最先端の学問の勉強もしてないし、何よりもリスクを取る生き方をしてなかったじゃないか。



②浪人:強制から自発
別に心酔していたわけじゃないが、ストンと腑に落ちたと言うか、予備校で某超カリスマ講師が最初の授業で言った言葉が、僕の人生の姿勢を作ったと言っても過言じゃない。

彼が黒板に記したのは「強制から自発」と言う言葉で、「親や先生に言われて訳も分からず大学に行くよりは、浪人して自分から大学に行こうと思って取り組む生き方に価値がある。せっかく浪人するなら、単なる大学合格じゃなくて”強制から自発”に変わることを目的にして欲しい。そっちの方が人生にとってはるかに有意義だ」みたいなことを言われた。

今、思い返しても、カッコ良い言葉だね。。。


この言葉にガツンと殴られた僕は、それ以来、強制的に何かをしたという経験はほとんど無いと思う。強制的に何かをやらされていると言う時点で、人間として未熟だと思うようになった。全ては、やらされているんじゃなくて、自分が選んで、したいからやっているんだと思えるようになった。

だからこそ、常に、何事にも受身にならぬよう自発的に取り組むし、自分の頭でそれで良いの
かを考え抜く、また納得が行かないなら当事者としてトコトン詰める姿勢が身についた。

その最初の実践が受験勉強と言えるだろう。親は何も言わずに好きにさせてくれたこともあるが、それこそ朝、何時に起きるか、予備校に今日は行くか、授業をサボるかどうか、全て自由なわけで、その環境で、どの授業を取って、どの参考書を使って、成績はどれぐらいで、そしてどこの大学を受けるか、全て自分で考えて進めてきた。成績が伸びなければ、受けている授業が悪いのか、使っている参考書が悪いのか、勉強時間を取れないことが悪いのか、表面的な要因は色々あるとしても、最終的にはそれらを決めた自分を責めるしか無い。

おそらく、この経験から、今も人生のベースともなっている原因自分説が、自身の中に築かれる一歩となった。大学に受かったことは結果に過ぎず、こういう人生へのスタンスを得たことは、本当に価値あるきっかけだったと思う。

高校を辞めた直後、志望校を口にした時、周囲の人々は「無謀だ」「現実を見なさい」と色々と言ってくれたが、きっとその言葉を鵜呑みにしていたら、僕はいつまでたっても何かを他人のせいにする生き方をしていたかもしれない。大人になっても、すぐに物事を他の物のせいにする人間はいるわけで、本当に可哀想だと思う。

大事なのは自分で考え、自分で決めて、自分で実行することなのだ。

Control your destiny, or someone else will.(by Jack Welch)なのである。


ちなみに、もう一つの経験として、大学受験に臨むに当たり、徹底的に予備校講師評価や大学の科目別の合格最低点などをリサーチした。そして、社会の選択科目で政経を選択すると、競合が極端に少なくなり、予備校である有名講師の授業に付いて行きさえすれば、かなり簡単に合格レベルに達することを発見した。これは、今でも、「何か楽する方法は無いか?」「どこか抜け道があるんじゃないか?」「競争しないポジションがあるはずだ?」と言うことを考えるクセをつけてくれた経験だった。

ただ、これは弊害もあって、さすがに一線級が切磋琢磨しているビジネスの世界だと抜け道なんてそうそうあるわけもなく愚直さ勝負になる。そこで、つい要領勝負を仕掛けがちな自分を省みている今日この頃でもある。


これについては、経営戦略のバーニーのリソース(ケイパビリティ)論、ポーターのポジショニング論に通ずる考察でもあるので、いつか書きたい。


③サークル:Street Wiseの自信
実は、大学に入った当初は、「また高校時代みたいに落ちこぼれるんじゃないか」と心配をしていた。入学した先は、性犯罪者を輩出してしまったが、一応は、私学の雄と呼ばれるところだったし。

しかし、そんなものは危惧に終わった。僕は自分が頭が良いと思ったことはあまり無いのだが(たまに、深夜などでテンションがハイな時に、モヤモヤと思い悩んでいたことが晴れると「こんなことを世界で思いつくのは、俺しかいないぞ!」と危険な錯覚に陥る・・・)、サークルや授業で感じたのは、先輩らも含めて「何で、みんな、こんな頭が悪いんだ?」と言うことだった。


大学はそもそも自由な場所であるし、中でも特に放任なカルチャーである我が都の西北では、逆に自分で学生生活を組み立てて行かなくてはいけない。その中で、きっとほとんどが出身高校では成績優秀者だったのだろうが、所詮は親・先生の言うことだけ聞いて思考停止していた連中なんだろう。自分の行動の設計となると、途端に何も出来なくなるひ弱な連中を多く目にした。


一方、こっちは「何で大学なんて行く必要があるんだ」から始まって、「留年か退学か」を決め、さらに勉強方法から計画、志望校選定まで、全て自分で組み立てた人間である。

まさにZガンダムでの名セリフ「お勉強だけできてバカな子って、いるんだよね」を悟った瞬間であった。

要するに、世間が人生決戦のように騒ぐ受験勉強と言うのは、「とても単純なインプットとアウトプットのパターン化が18~20歳ぐらいで出来る能力」に過ぎないことを痛感した。まあ、多少の思考の訓練にはなるし、こんな退屈なことを、楽しい青春時代の時間を削ってがんばることは、自己管理能力と言う意味でそこそこ立派だと思うけど、その程度のことじゃないか。

ところで、18~20歳の時の、こんな能力の選抜だけで、後はコースに乗っかれば大半が取れてしまう医師免許とか、それで良いんですかねぇ。


そんなわけで、ぶつかったり衝突をしながらも、サークルなどは完全に仕切る側に回り、「教科書の暗記は苦手でも、何かを実行して行く部分においては自分はそこそこ出来る奴なのかもしれない」と言うStreet Wiseの手ごたえを得た。


もちろん、たかだが学生の安全な世界でのオママゴトであり、ここで得たスキルなんてものは社会の荒波の前ではまったく無いに等しい。得たとすれば、この時の自分を原型として生きて行く自信であろう。

この自信こそが、その後、僕を前に前に積極的に押し出す原動力となっている。

周りは、大検から大学に受かったことに驚いてくれるが、自分の中では、こんなものは上にも書いた単純な事務処理能力をトレーニングした程度の認識しかなく、むしろサークルで得た手ごたえの方がはるかに大きい。

この手ごたえを自信に、良い意味で勘違いしながら、学生時代は走りきった。そう、あくまで学生時代までで、社会の中では、こんな天狗の鼻は容赦無くへし折られるわけだが。


アメリカの友人を見ていると、とにかく子供の頃から色々なスポーツや地域活動に取り組んでいるが、早くに何でも良いから成功体験をさせて、自信を持たせようとしているんじゃないかなと、今、思う。



で、まだ④ゼミ、⑤就職活動、⑥会社についても、考えたのだが、これらはまたいつか。


上手く言葉で説明できないが、今の自分に至る直線が見えてくるなぁ。
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by dskblog | 2006-02-06 01:27 | 想い
そういうわけで(どういうわけ?)、Exciteに乗り換えました!

カテゴリも整理し直して、気分一新、もっとマメに更新をがんばりたいと思います。

ちょっとTypePadを使って、こだわりまくってみようかとも悩みましたが、月額420円はもったいないなと思ってしまいました。

Exciteさんは、伊藤忠さん系だし、戦略的なポジショニングもしっかりされたブランド・ポータルなので、今後のBlog機能の拡張なども含めて期待してます。

自分のBlog画面から、投稿・編集が行えるなど、かなり使いやすいし、PDF化機能とかも興味深いですね。

引き続きよろしく!
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by dskblog | 2006-02-01 00:00 | ネット