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写真は白洲次郎氏


by dskblog
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カテゴリ:本・映画・音楽( 5 )

風林火山影雷

風林火山は有名だが、実はこれは孫子の言葉。

そして、続きがあるのだ。

それが影と雷。

故其疾如風
其徐如林
侵掠如火
不動如山
難知如陰
動如雷震

疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知りがたきこと陰の如く、動くこと雷の震うが如し
なんです。
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by dskblog | 2007-03-26 01:29 | 本・映画・音楽

kiwi!


3分程度の映像

「最初はよくわからなかったのが、5時間して涙が止まらなくなった」
と教えてもらって、僕も見てみた。



気の遠くなるような下準備、そしてどおしても飛びたかったこと。それが何よりも優先したのだと。


ホロっと涙しました。
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by dskblog | 2007-03-11 02:43 | 本・映画・音楽
木曜日に『iPod Nano 2nd 4G』が届いたのだが、早速、空けてみる。そう言えば、白い台座みたいなのがついているが、どうやっても立たないし、何なのこれ?

ユンケルの箱ぐらいの大きさの荷物に、そもそもこんな小さいのかと驚く。分厚い説明書を覚悟していただけに、最低限の使い方だけ書いてあって、後はネットでと言うやり方が新鮮。でも、こう言うのが使いやすいよね。

前に、何かのマーケティングの講義で、「Appleはいかにヒトが感覚だけで動かして使えるかを徹底的に研究している。Appleにとって、客に説明書を読まれると言うのは、負けである」と言う話を聞いたことがあるが、納得。


で、早速、iTunesをダウンロードして、PCにiPodをつなぐ。そして初期設定をやる。

初期設定が終わった瞬間、iTunesがPC内の過去の音楽、写真、映像ファイルなどを集め始める。


!!


そこには、PCの奥底に眠っていたはずの、二度と呼び覚ましてはいけない危険な思い出が画像となって次々と表示されるではないか!


EVA弐拾弐話のアスカのように「私の心を覗かないで!私の心を犯さないで!」と叫ぶが、パンドラの箱は無情にも開き続ける!

必死に、止めようと、適当にクリックをすると、ナント、ムービープレイリストが開き、昔、携帯電話で録った甘酸っぱい映像が再生される。残酷すぎるぜ。


まさしく、精神汚染である。


iPod、すごい機器を手に入れてしまった。。。皆、購入された方々も、こんな思いをしているのだろうか?

でも、シンプルで使い方がホント、楽で、けっこう良い。
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by dskblog | 2007-03-11 01:47 | 本・映画・音楽
イメージ先行なのだが、僕は読書家だと思われていることがたまにある。

なぜそう思われるか理由をいくつかあげることもできるが、このポジショニングは悪くないので、あえて書かないで置こう。なんて、酔ってるんで面倒なだけです。


で、今日はガリバー代理店のM越サンと行き着けになりつつある三田の焼き鳥屋で呑んで来ました。この店はかのカルロス・ゴーンの行き着けでもあるらしいです。いつか会って、『ルネッサンス』にサインを頂きたいものです(遭遇した時に持参してるのかって疑問がありますが、持ってないなら近くのあゆみBooksで買ってこよう―スイマセン、SFCと理工以外の慶應の方しかわからない記載で失礼しました)。

ここで僕のことを読書家だと思っているM越サンが、僕に言ってきたんです、
「俺、最近、読書家なんだよね。俺、すごくね?!(←彼の口癖)」

何でも、ここのところ本を読みまくっているそうなんです。

彼が偉いなのは、大学時代に僕が「政経学部なんだから、これぐらい読んどけよ」と言って勧めた経済学者ポール・クルーグマンの本をちゃんと当時読んでたり、また5月ぐらいにWEB2.0を知らなかったので、「今更だけど、『WEB進化論』がCatch Upって意味では効率的かも」と酔いながら言ってみたら、ちゃんと読んでるんですね!

偉いんで、このみずほコーポレート銀行産業調査部さんのレポートでも送ってあげようと思います。個人的な意見ですが、みずほコーポレート銀行産業調査部さんのメディア系のレポートは秀逸で、野村総研さんのナントカナビゲーターよりずっと良い整理をされている気がします。さすが、元興銀系の方々ですよね。


By the way, 「こう言うテーマで悩んでいる、行き詰っている」ってヒトに対して、僕は「この本の何章の記述は役立つから読んでみたら?」と言って勧めることがあるんですが、その中で実際に読んでくれるヒトはけっこう少なかったりします。もちろん、「この本、おもしろいから読んでみなよ」と一方的に勧めるのは、価値観の押し付けまたは感動の押し売りだったりするわけで、忙しい方々相手に実はけっこう迷惑な行為だったりします。ええ、僕もうっすぺらいハウツー本とかトンデモ本みたいなのを必死に薦められると、とても迷惑です。

それでも、ちゃんと勧めた本を読んでくれると、何か同士みたいな感じでうれしいもんです。

ちなみに、どうしても読ませたい時は、僕は本を無理やり貸して読ませます。。。貸したい本は、二冊持ってたりもします(だいたい返って来ないんですが・・・)。



話がそれまくりましたが、ここで僕はまさにこの日曜日に思った読書の3つの意義を、読書に開眼したと言う彼に語りました。

僕は、すぐ「ポイントは3つあって」と言う人種があまり好きじゃないのですが、残念ながら今回も偶然にも3つです、ハイ;

①知識のInput=知らない知識を知る、理解しにくい知識を理解する
②感情の刺激=純粋に読んで感動したり、モチベートされる
③切り口、視点からの示唆=著者の切り口を自分のことに置き換えて考察する


この中で、本当に大きいのは僕は③なんじゃないかと思っているんです。


先々週ぐらいだったかな、雑誌AERAの特集で「古典を読む」みたいなのがあって、古典好きな経営者、文化人が紹介され、さらに古典の書評をネットで書いている方の古典との接し方みたいなものが載っていて、興味深く三田の聖坂途中のAmpmで立ち読みしました。

この古典の書評を書いている方の古典に接するためのアドバイスが面白いんですよ。

「古典を読むのは、カラオケと一緒だ」と。


要するに古典をしっかり読んでちゃんと理解するなんて、かなりハードルが高いわけです。一方で、カラオケだと、とりあえず歌詞の意味がわからなくても、下手でも何でも乗り切って歌い切ってしまうヒトが大半でしょう(僕は、ちゃんと歌詞の一字一句の意味を心に刻みながら、アニメソングを熱唱することができますが)。

古典も、まずはわかった気になって流しながら、読みきることに意義があるそうなんです。

これは、これでとても役立つ古典への接し方だと思います。


でも、僕が③として書いた「切り口、視点からの示唆=著者の切り口を自分のことに置き換えて考察する」という読書のメリットからは、ちょっと違うと思うわけであります。


今、僕が読んでいるのは、別に古典じゃないんですが、間違いなく世界的な名著であろうピリッツァー賞を三度受賞しているジャーナリストであるトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』です。対外的には、カッコつけて「今、”The World Is Flat”を読んでる」と言ってますが、別に原書で読んでるわけじゃありません、スイマセン。。。


この本、気づけば、色々な自分の周辺の事象(基本、仕事上の気づきが多いんですが)を、書籍内で紹介される考察に当てはめながら、読んでいることに気づきます。

もちろん、「え?USのアウトソースって、こんなインドに移ってんのかよ?!」「ホームソーシングなんてもんがあるんだ」と得る知識やそこから世界の変化の兆しへの率直な驚きも多いです。

でも、同時に「どうして、日本では同じ現象が起きていないんだ?(僕なりの仮説があるので、いつか書きたいと思います)」「この考察で得られた視点で、昨年、取り組んでいた案件を整理すると、どうなるんだ?」みたいなことを、考え始める。

はっきり言って、僕が考えるのが遅いこともあるのかもしれませんが、1ページ進むのに1時間かかる箇所もあります。

しかも、非常に疲労します・・・。


でも、これまで思いもしなかったことに気づいたりします。

もはや、知らないことを知った喜びや、単調な感情の揺さぶりと言うのじゃなくて、著者が多大な事例から投げかけてくるフレームで、自分の経験、知識を当てはめて、気づきもしなかった示唆を得ようとする、そんな読書なんです。



ここで思ったのが、古典の価値です。

それこそ数百年、まして『孫子の兵法』なんてどれぐらい昔ですか、そう言った時間の公証に耐えて残っている古典と言うのは、単なる知識や感動めいたものを得るためのものじゃないと思うんです。知識だったら、その後、もっと多くの発見があったわけだし、感動できるもんだって斉藤投手みたいな話題がいっぱい転がっているでしょう。


長い歴史を越えて生き残ってきた古典に価値があるなら、知識や感動では無くて端的に言えば先代の知恵であり、具体的には先代の視点、考察を通して見直してみる現代の事象から得られる学び、気づきじゃないでしょうか。


よく欧米のエリートは教養人が多いとか、日本でも名経営者と言うのは古典をたくさん読んでいるし、また30すぎたら古典を読まなきゃダメだなんて声も聞くわけですが、何か最近、その意味がわかった気がします。


別にたくさん本を読めば良い訳じゃなくて、そんなのはファッションめいたカラオケ型読書(もちろん、即席的に古典の概要を学ぶには悪くないことだと思いますが)やオタク、マニアの自己満足的な読書にすぎなくて、大事なのは各時代を通して現代まで残ってきた考察を通して、今を見て何かしらの示唆を得られることなんじゃないかなと。



そんなことを最近、思ったわけです。


で、これもいつも言っていることなんですが、M越サンに力説したのは、書籍ってのはまったくPricingの影響を受けていないわけですよ(古本とか、限定書籍とか例外はあるでしょうけど)。

だって、上にあるような多大な示唆を得られる可能性のある本が、文庫で数百円で買えてしまう。一方で、そんな本の焼き直し10乗みたいなチープなもんが1000円以上のハードカバーになってたりする。


大学時代、ふと、馬場でくだらない刹那な酒を飲んでしまった翌日、「ああ、この3000円で、経済学の教科書が買えたな。同じ3000円で、どれだけ知的な経験をできただろう!」とか後悔をしてました。でも、ちゃんと経済学の教科書を読み切ったことは無いんですけどね・・・。


そんな僕の話にM越サンがとても納得してくれて、

「オ○カーモデルとの飲み会も誘われてんだけど、まったく興味無くて断ったんだよね。だったら、家で本を読んでたいわけ!俺、すごくね?!

とのこと。













僕は2巻で挫折(かっこ悪い・・・)してしまいましたが、また最近、読み直してみようかと思っている司馬遼太郎の『坂の上の雲』を、次は彼も読んでみるそうです。
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by dskblog | 2006-08-30 00:52 | 本・映画・音楽
最近、映画を見ても涙することが少ない。

昔はすぐ感動して泣けたのに。


普通、歳を取ると涙腺がモロくなるなんて聞くが、僕は社会の荒波(?)にもまれる中で、冷徹になったのか鈍感になったのか、感動の涙を味わうことが滅多になくなってしまった。

もう感動して泣くことができない人間になってしまったのかと、ちょっと自分の感受性の鈍りに物足りなくなっていたが、先ほど、ESPNのサイトのこのビデオを見て感動してボロ泣きしてしまった。


泣ける人間でよかった。。。



■適当なサマリー(間違ってるかも)
Jマックは、NYのロチェスターのギリシャ・アテネ高校のバスケットボール部マネージャー。

2歳の時に自閉症と診断される。

バスケ好きなJマックは高校から選手にはなれなかったが、マネージャーとして練習を献身的にサポートし、試合の時は選手への敬意から白シャツにネクタイという格好で懸命に声援を送った。

高校最後の試合。勝利は確定的だったので、監督はJマックを選手として出場させることにした。

残り240秒。そこから奇跡が起こる。


もちろん実話ですよ。
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by dskblog | 2006-03-16 01:04 | 本・映画・音楽