写真は白洲次郎氏


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カテゴリ:想い( 11 )

慎んで2007年

あけましておめでとうございます。

実家に帰って、お雑煮⇒温泉⇒呑みと言うスパイラルで2Kgぐらい太りました。

いい休養になったと思います。

3日の今日は、HDKさんと東郷神社に初詣。かの東郷平八郎が祭られている神社です。

おみくじをひくと、「小吉」。。。

慎まない態度は罪だとか、慎まずにやると願いは叶わないとか、とにかく「慎め」とおみくじに説教されました。

今年は強気に吼えまくって年始からグイグイと行こうかと思っておりましたが、ちょっとその気持ちを抑え、慎んだ気持ちで一歩ずつ進んでみようかと思っています。

そんなわけで、今年も宜しくお願いいたします。

あ、年賀状の返事はこれから書きます。
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by dskblog | 2007-01-04 01:50 | 想い
キッチンは頑張ったが、本棚他は諦めた。。。

何かいつもの週末と同じ感じで、あんまり年末っぽくないな。


これより実家に帰ります。とりあえず、仕事関連の本など6,7冊をリュックに放り込んでおいた。

こういう年始の過ごし方が、最高の贅沢かもっ!

今年は本当に色々ありました。決して良い年だったと言えないかもしれないけど、やはり僕は最高の仲間達に囲まれていて、そんな仲間の支えもって、それなりに乗り越え、楽しく過ごすことができました。

今更感がありますが、皆さん良いお年を!

俺は、来年はスタートダッシュかけます!
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by dskblog | 2006-12-31 16:48 | 想い
昨夜はヒルズレジデンスでのクリスマスパーティーに仕事で行けなくなった同期の代打で参加。誰も知らないので、ゼミの後輩を連れて行った。

とてもバブった雰囲気で、僕はちょっと引きつつ、でもまさに今、ピークを迎えたサラリーマン男芸者として代打の仕事をがんばりましたよ。

色々な方がいて、業界を越えた人たちの話は、興味深く、けっこう楽しかったです。

でも、よく観察すると、こういうパーティーが好きでノリノリな人だけではなく、実は一部ではやや引いている方々もけっこういるようである。


なのに、こういう空気を読めない人ってのが本当に多い。ああ、男の自慢話、勘違いした自信ってこういう感じで嫌がられるんだなってのを、とっても痛感しました。


一人が帰ると、雪崩のように皆、撤収。そして、12時ごろにあっさりと解散。


そんな雰囲気について行けなかった方からの「外で呑みなおしませんか」と言うお誘いに、後輩と一緒に行って、地味にビール飲んで帰りました。


前にもBlogで書いたけど、いくら歳食ったって、バブリーな生活したって、わかんない奴にはずっとわかんないんでしょうね(いや、反対に言えば、わかんないから、そのまま歳食ったとも言えるな)。



僕は和民で盛り上げられる男芸者であろうと、改めて誓ったわけであります。
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by dskblog | 2006-12-16 11:57 | 想い

How To Live

今宵も同期KGとサシ呑み。ちなみに、年末はKGと野郎二人で酒&本を持って八ヶ岳別荘に突っ込む予定です。雪山で死なないか心配ですが、Hotな我々なら何とかなるでしょう。


まず品川でイチ押しの焼き鳥、「鳥てる」で食した後、行きつけの高輪のBARでブラッディメアリー WITH 葉巻で語りました。

会話のベースは、How to live、即ち”どう生きるか”というきわめて難解な命題を語り、Nobles Obligeとは何なのかを想い、そしてファイナンス屋と事業屋の視点でぶつかるわけです。

ファイナンス屋さんは声がでかいか、地頭が良い奴が勝ち、事業屋はある意味でアートの世界でありぶっとんだ奴が行ってしまうんでは無いかと。


そして、互いに帰宅後の仕事を背負い、今日は23時半に解散。


きっと今頃、KGはファイナンスのモデルを考え、私は事業モデルのスライドを4枚ほど書いて寝ているのでしょう。

うっかりノリで、現状の整理~課題部分のスライドをカラフルにしすぎてしまって、残りのスライドの色づけが面倒であります。このへんにあまり付加価値を感じ得ないのですが。

絵心が無い自分としては、最近、WORD文化への回帰を懇願しています。
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by dskblog | 2006-12-14 00:51 | 想い
最近、つくづく思うのだが、童話の通り、最後に笑うには北風では無く太陽のようである。

人を動かしたい場合、無理に短期的にではなく、ゆっくりと相手のペースに合わせて歩むことが大事ではないか。

ここでふと思い出したのが、三武将が詠んだとされる、”ほととぎす”の詩であった。

鳴かぬなら、「殺してしまえ」でも「鳴かせてみしょう」でもダメで、「鳴くまで待とう」が中長期の安泰に必要な姿勢であったのではないか。


しかしながら、現代の教育でも組織でも、そして家族などを含めた人間関係において、あまりにも「鳴かしてみしょう」「殺してしまえ」の態度が横行している印象である。自分も含めてね。


本質は「鳴くまで待とう」と言う太陽の精神が重要だと確信している。


これには、すごく寛大な心や余裕が求められて、そんな姿勢をするのはとても難しい。でも、ホントはこういうのを持てることが大人であり、愛情深いことの同義なんじゃだいろうか。

もちろんキャラとしてせっかち、短気なで人もいるが、これは愛敬の範囲であることがポイントで、すぐに人を見限ったり、抑圧してはならなくて、少なくとも相手の人間性にまでせっかちではいけないのである。


んなことに気付き始めた今日この頃。
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by dskblog | 2006-11-28 00:00 | 想い

失われた10年?

いろいろな友達から、「大学時代のオマエはもっとカッコ良かったのにな」と言われて、思い悩む今日この頃であります。

まあ、あん時ってリスク無いし、複雑じゃないし、楽なもんじゃないか。

丸く優しくなったってことで。。。
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by dskblog | 2006-10-25 01:36 | 想い
備忘録なんだから、忘れないように書いておかねば!


で、2006年、現在進行形で強く実感しているのだが、やっと最近になって他人の気持ちを考えるとか、配慮ができるようになってきたのである。情けないことに、今更だが。。。


今までの自分と言うのは、一見、気を遣ったりしているようで、でもすごい浅いレベルだったり、自分の過去の成功パターンや正論めいた価値観の押し付けをしていたんじゃないかと、痛感するようになった。


例えば、相談を受けることがある。

前だったら真剣に話を聞いて、ちょっと言葉を選びつつ、励ましたり、こういう方法があるんじゃないかと自分なりの意見を述べて、そして出来ることがあればいくらでも協力する姿勢を示していた。

大事な仲間の力になれている自分に、どこかやりがいや頼もしさも感じていた。


しかし、最近、これは違うんだと思うようになった。下手すると、自己中心的な態度によって、かえって悩みを複雑にしたり、相手を追い込むことになっていたのではないかと、反省すらするようになった。


だって、相談に来る場合、話を聞いて欲しいのか、深刻さを打ち消して欲しいのか、同情をして欲しいのか、忘れさせて欲しいのか、それとも厳しい現実を突きつけて欲しいのか、解決策を示して欲しいのか、何か具体的な協力をして欲しいのか、きっと相手のシチュエーションによって、色々と相談に来る目的は違うんじゃないでしょうか。

もちろん、相手の目先のして欲しいことをするだけが全てでは無い。しかし、ここで大事なのは、本当に相手にとって必要な接し方をすることのはずだ。

それにも関わらず、一方的に「俺なら、絶対にありえないね。」「俺も同じような経験したことがあってさ・・・」「こういう場合、こうするのが一番だよ」「良いよ、それ、俺が何とかしてやるから言えよ」と言葉を刺していたとすれば、何て残酷なことをしてしまったのかと思う。

特に自分が調子の良い好調なときほど、弱っている相手に、良い気になって自信満々に自分本位のあるべき論を押し付けていた。

さらに怖いのは、具体的に何か行動を起こしているのに、それに対して相手が消極的だとすると、「俺がここまでしてやっているのに、何でオマエは頑張れないんだ。本当にダメな奴だな」と言う傲慢な気持ちにすらなっていた気がする。

ふと思い返せば、あれは僕の意見に頷いていたんじゃなくて、頷かされていたのかもしれない、だからこちらの親身に励ましに対して、むしろ弱気に困惑した顔を僕に向けていたんじゃないかと、思うことがしばしばある。


相談を例に出したが、何か相手と上下や強弱の関係ができる場面では、等しく当てはまる本質だと思う。



正論で言えば、嘘はいけない。親友や仲間から嘘をつかれると、とても腹が立つ。だから、「俺を相手に嘘なんか言うな。そんな関係じゃないだろ」「友達相手に嘘つく奴は最低だ」とか、言ってしまう。

でも、本当に親友だったら、どうしてその親友が自分に嘘をついたのかを、相手で無く自分に問うべきなんじゃないか。むしろ、「ひょっとすると、こいつは嘘をついているんじゃない。俺がこいつに嘘をつかせてしまったんじゃないか」と言うことが真実かもしれない。親友面しているけど、本当は全てを打ち明けられるだけの信頼が、こっちに無かったら、責められるのは自分じゃないか。






当たり前だが、自分と他人は違う人間である。違う価値観を持っていて、違う経験をしてきている。僕にとっての正解が、その人にとっての正解であるとは限らないし、そもそも似ているように見える状況だってまったく違っているに決まっている。


にも関わらず、相手が弱っていて、こちらが調子が良い時だと、つい自分が全て正解であるような錯覚に陥り、自分の価値観や、自分で上手く行った成功体験を強引に押し出すのは、相手の人格を無視したとても無礼な行為だろう。


本当に正しい姿勢とは、相手がどんな状況で、どんな心情なのかを話を聞きながら全力で察してあげて、そして僭越ながらもし僕が何か力になれることがあればそれは何なのかを必死に気づき、そしてそれとなく仄めかすことだと、この夏ぐらいから漠然と気づき始め、そして最近、わかるようになった。


今まで、自分がどれだけ鈍感で、勘違いしたお節介や説教をしていたんじゃないかと、襟を正される思いの日々である。


三十路直前だけど、こういうことに心の底から気づき、何の奇麗事でも無く、そう思えている自分に、成長を感じつつ、残りの人生を無自覚に生きて周囲に迷惑をかけないようにしなくてはと思っている。

30歳以降は、本当にI CARE YOUの心を発揮するよう、もっと自分を磨きたい。
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by dskblog | 2006-10-16 19:20 | 想い

秋の夜長の備忘録

最近はMixiの日記で一言書くことが多いのだけど、こちらもたまには更新。

今日、外を歩いていて、ふといつどこで覚えたのか定かじゃないが、「秋の夜長」と言う言葉をシミジミと実感した。

まさに「秋の夜長」とはよく言ったもので、10月中旬ともなると18時頃にはかなり暗くなっていて、夜長な時間を過ごすことになる。時間的なことを言えば、実際は、12月22日頃の冬至が一番、”夜長”になるはずだが、夜も明るい夏から暗い時間の増える秋への移り変わりから、感覚的には秋の夜長となるのだろうか。


で、こんな夜長な季節には、いろいろと一人考えごとをしてしまうもので、今日も漠然と自分のこれまでの過去を振り返りながら、自分が人間的に成長した時期っていつなのかなとか物思いにふけていた。

何を持って成長と言うのかは難しいが、意識の変換と言うか視座が変わるような気づきがあって、それが自分にとって当たり前の人格になっている時じゃないかなと。


この数年では、たぶん2000年、2003年、2006年(現在進行形)に、そんなBreakThroughを実感している。

不思議なことにこうやって見ると、3年おきか!


そんなわけで、備忘録;


2000年は、就職活動を終えて、それまで勢いだけで突っ走っていた自分が、かなり将来への意識が高まり社会人となることへの心構えを持ち始めた時期だと思う。

正直、就職活動中は、あまり仕事とか給与とか生活とか考えずに、行き当たりばったりで、ノリでおもしろそうな企業を、ほとんど準備もしないでアドリブで受けて、それでもどこも最終先行の近くまであっさり行くので、ますます何も考えていなかった。

それが内定してから、卒業後のあり方をちょっと考え始めると、よくあんな就職活動をしたなと怖い気持ちになってすごく身が引き締まる気持ちがしたり、また面接官に言われた指摘事項とかの意味をちゃんと理解できるようになって、ただただ「ああ、俺ってガキだったな」と実感した。


普通は就職活動中とかに真剣に将来を悩んだり、苦労して成長するんだろうが、僕の場合は、就職活動後にポンっと意識が変わって、それまでの生き方を振り返り、反省する部分は受け入れられるようになった感じ。





2003年は、けっこう自分の中での価値観の軸みたいなのが、構築された時期だと思う。

学生時代の就職活動中ぐらいから、いろいろな人と知り合うようになり(悪友HDKさんと知り合ったのもこの頃)、それなりに顔も広かった僕は、会社に入ってからも、ますます社交的な世界観の広がりに楽しさを見出すようになっていた。

そして2002年頃には、雑誌やテレビに出ている著名な方々や、社会でエリートと言われる職業の方々、お金持ちの方々と、西麻布のレストランやバーと交流することが多くなっていた。


ただ、社会人になって1年が経つか経たないかと言う時期で、最初こそ、そういう世界がちょっとは新鮮で興味深かった部分もあるのだけど、一方で、高田馬場で全開放的な魂と魂の酒(?)を交わしてきた僕からすると、そこにすっごい表面的だったり病んだ人間関係みたいなのもたくんさん見えてしまった。

誕生日会とか理屈つけないと集まれない程度の薄い関係の人間が、物とか地位で必死に自分を顕示している姿が虚像にしか見えず、富んでいるように見えて充足感の欠如に貧弱に悩んでいる姿を見て、「ああ、幸せって、必ずしも派手なもんじゃないんだな」ってことを僕は思うようになった。


そして、むしろ気兼ねなく数人の親友、仲間と安酒を飲み交わせることがはるかに幸せなんだと気づき、それにも関わらず、僕は大事な仲間を目先の仕事や社交のために疎かにしたり、そもそも仲間のために汗をかくことをしていないじゃないかと言うことを心底、反省したのが2003年だった。

でも、これは新たな気づきと言うよりは、大学時代に当たり前だった仲間との掛け替えの無い時間の大切さを、いつの間にか見失ってしまっていて、それをちゃんと再認識した感が強い。


あの頃の僕は、地位とか職業とかに興味が無く、むしろ富むことは他人からの搾取だぐらいに思いながら(別にマル経派じゃないですよ・・・)、愚直に目の前の仕事をこなし、ワタミでせっせと飲んでいて、たぶん仙人のように健全な人だったと思います。。。



そこから、今は、多少の俗物的な欲とかは出てきていると思うが、でもやはり根底に、親友、家族こそが人生を豊かにするんだと言う揺るぎないプリンシプルが自分の中にある。



ついで2006年についても、いろいろと感じることがあるが、今宵はもう寝ることします。

寝て忘れてしまったら、ま、その程度のことだったってことで。
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by dskblog | 2006-10-16 02:59 | 想い

ファッション化する人生

ベストセラーのパクリのようなタイトルですいません。

でも、最近、そんな傾向を感じるんです。

中身の無い見てくれの人生のファッション化が進んでいる印象を受けている。マーケティング的なセグメントで言えば、ニューリッチ層(一代で財を築いた層)、ニューラグジュアリー層(ワンランク上の商品・サービスを嗜好する層)とかのセグメントが、単に商品・サービスの消費に満足できず、人生の時間にも流行を求めてしまっていると思うのだ。



例えば、最近、「料理できる男はカッコ良い」とか言う風潮があるらしく、料理を始める若い男性が多いらしいんです。

高校生がさ、ホットドッグプレスとか読んで、モテようと努力するなら良いけど、良い大人がカッコつけたくて料理って、何かダサくない?

僕も料理はします。たぶん小学校ぐらいから好きで、いろいろ作っていた。別にモテたいとかじゃなくて、純粋に自分の好物を自分で作れるようになりたかったと言う可愛くない子供だったのです。コーンポタージュスープに入れるクルトンを小学生で作っていたのは、僕ぐらいでしょう。。。

最近は、健康を意識したり、また料理の奥深さに見せられて取り組んでいます(忙しくて、月一ペースぐらいですが)。


別に服とか車とか”物”でファッションに敏感なのは良いかもしれません、ま、若い奴が分不相応な物を身につけていると、すっごいカッコ悪いと思うけど。



ただ、料理とか、他にも仕事とか教育とか、それこそ友情、恋愛、結婚、子育てなんて人生の中身を衣服のようにファッション感覚でやっちゃいけない。


・ファッション化した料理? どう見ても栄養バランスが崩れます。
・ファッション化した仕事? 中身の無いカラフルなパワーポイントの資料、多いんですよね。給料泥棒です。プレゼンスキルとかパワープレーとかばっか探求してる奴にも困りもんです(僕は見抜きますけどね)。
・ファッション化した教育? 英語を使う機会が無い人ほど、何で英会話学校に行くんでしょうか?まだGCでのトークを磨いた方が実り多き気が致します。
・ファッション化した友情? それは友情じゃなくて、仲良しごっこです。たぶん、裏でそれぞれお互いの悪口を言ってんじゃん。
・ファッション化した恋愛? ママゴト
・ファッション化した結婚? 一寸先は闇であります。
・ファッション化した子育て? そんな親に育てられた子供はホント、犠牲者ですよ。一番、心配。



生きてくと、景気循環(キチンの波ぐらい?)と同じように、それこそ良い時もあれば悪い時もある。一時的なファッションじゃなくて、本質を掴まないと乗り越えないことが、たっぷりとあるはずなのだ。


人生は物のように、簡単に買い替えができないですから。






その内、ファッション化した人生の在庫が、たくさん日本中に転がらないか、僕はけっこう危惧してます。


まあ、熟年離婚なんてのも、ある意味で、ファッション化した人生の成れの果てなのかもしれませんね。そう言う意味じゃ、昔からあるのかも。ただ、皆、そこそこ小金持ってて余裕があるから、ファッション化のドライブがかかっていることは、間違いない気がしますね。




本質を掴んだお金、時間、意識の使い方を学びたいものだし、僕より若い連中にはそれを語っていかなきゃなと思っている次第であります。
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by dskblog | 2006-09-05 01:45 | 想い
間違って全部消してしまった。すごい長い文章を書いたのに。でも、もう一回、書き直そう。


僕は、スポーツ観戦と言えば、競馬のGⅠレースとサッカー日本代表戦ぐらいしか見ない。

競馬は高校時代がピーク(競馬ブック、ギャロップ、スポーツ誌購読・・・)で、サッカー日本代表戦でも今回のW杯は予選は全試合を見ていないぐらいだった。


そんな僕が、今回のオシム・ジャパンには非常に高い興味を持って見ているのである。


昔、リトバルスキーが活躍していた頃のジェフを応援していた(浦安に練習グランドがある)ので、そのジェフを強くしたってことと、そして何となく知的な雰囲気のするオシム監督に興味を持った僕は、30万部を突破したという『オシムの言葉』を7月ぐらいにブームに便乗して読んでみた。


基本的に僕の普段の読書の対象に入らないジャンルだが、読んで非常に驚いてしまった。

ボスニア紛争による間接的な戦争体験(オシムは、奥さんが戦地に隔離されて、2年以上離れ離れになっている)と、その民族紛争の影響を受けながら代表監督をしてきたオシムのバックグラウンドに、こんな人がサッカーの監督をやっているのかと、とにかくビックリしてしまった。

まさしく「オシムの言葉」は、こう言った彼の人生経験から紡ぎ出されるもので、ちょっとウィットに富んだコメント受けするオジさんじゃないのである。


また、彼の監督スタイルと言うのは、単に強引に結果を追い求めたり、トップ選手を買い集めるやり方ではなく、サッカーの哲学を語りながら一人の選手の成長を促すと言う教育スタイルなことにも好感を持てた(僕は、教育物好きなので・・・)。サッカー選手になっていなかれば数学者になっていたと言うオシムだが、選手を教え、そこに成長を見ることに喜びを感じる性格らしく、根っからの教育者と言えるだろう(ちなみに、奥さんはオシムが数学の家庭教師をしていた生徒とのこと)。


こういう苦労を知った教育者、僕は大好きなのだ。



本を通して少しだけオシムのことを知った時、僕は、オシムと言う過酷な人生経験とそして哲学、教養、洞察を併せ持った知将が、はたして日本代表をどんなチームにどうやって導いていくのか、この点に高い関心を持つようになった。


それ以来、生まれて初めてNumberやSuportivaも買って読んだ(ただし、右も左も斉藤投手とオシムだらけの中で、『オシムの言葉』の著者・木村元彦氏の文章が載っている雑誌に絞ってますが)。



なぜ、僕はこれだけの関心をオシム監督に持っているのか。それは、ここに日本の抱える課題の縮図がある気がしてならないのである。


単純にディフォルメ化しすぎだと批判を受け入れながら、あえて考察を述べてみたい。


トルシエ監督と言うのは、徹底管理型のリーダーであった。一定の規律の元、W杯ホーム開催の地の利もあったが、日本代表はそれなりの結果を残すことができた。おそらく、高度成長期のような潜在的な上昇分が担保された環境下では、日本人には(別に日本じゃ無くても、そうかもしれないが)特にこのような管理されて、それを勤勉に守ることが適していたのだろう。

ひょっとして、この2002年のW杯の結果から「日本は、サッカー強国に仲間入りした」と言う勘違いが、国民全体にあったんじゃないだろうか。僕も、何となくそう思った。

そして、次に「サッカー先進国を追いつけ追い越せ」と召集されたのが、自主性尊重型のジーコ監督である。

しかしながら、自主性を尊重するスタイルで結果を出すには、自主的に能力の発揮できる個の存在が前提となる。そもそも日本人は自主性を出すのが苦手な国民だし、またブラジル人のような身体能力とテクニックを持った個と言うのはほとんどいなかった。それでも、何となく予選を突破してW杯に出場し、さらになぜか親善試合でドイツに善戦してしまう。

しかし実態を伴わない好調な時期は、バブルのごとくいつかはじける。それが今回のW杯では無かったか。

そして、その先にあるのは「先の見えない時代」だ。


この辺までは、大して詳しくも無い奴が、評論家めいて事後的に論評しているようで、恥ずかしい。ただ、ここから先の考察には、一定の自信を持っている。


先の見えない時代に求められるもの。それは、成長育成型のリーダーであると言うのは、僕の仮説だ。それが、まさしく教育者の一面を持つオシム監督だと思うのである。


先の見えない時代に人々が求めるのは、進む勇気をもらうことと、生き抜く力をつけてくれることじゃないだろうか。そう、僕らが、今、求めているのは、「勇気と力」のはずだ。

先が見えないのに、無理に管理されたり、逆に訳も分からず放任されると、強い不安が出てくるし、その時の力では通用しないことはすぐに露呈するだろう。


特に”力をつける”と言う意味で言えば、変化の速度が速い(=先が見えない)状態では、組織が継続的に変化に対応する”学習”を行うことが大事であることは、ピーター・M・センゲMIT教授の『学習する組織』の理論にも適う部分があるのでは無いか。


論点が、サッカーと日本の状況で被ってしまった。整理すれば、ポっと出たJリーグでリーグ戦の優勝経験が無い監督をメシアのごとく崇めるのは、先が見えない中で人々がサッカーにもそして自身の人生にも成長育成型のリーダーを求めているからだと僕は思っている。


そう、やや上記と矛盾するような補足だが、オシム批判までは行かなくても、オシム賞賛に対して冷静な指摘が少ないことは非常に疑問である。選手年俸の低いチームをカップ優勝まで導いた手腕はすばらしいが、実はリーグ戦では優勝していない。練習のユニークさが取り上げられるが、そんな練習をしていなくても、Jリーグで優勝しているチームはあるし、実はこの練習は海外のユースでは珍しいものでは無いらしい(ただ、ルーツはオシムが考案したのかもしれないが)。


なんで、こんなことを書くかと言うと、悪いのは、この国は、持ち上げるだけ持ち上げて、ある日、イッキに否定に変わる傾向がある。最近、都度、その変わり身の速度が速くなっているのは気にせいだろうか。

バブル崩壊後、日本が不況を抜け出すのにかなり長い時間、もがき続けているように、サッカー日本代表もオシム就任ですぐに強いチームになるわけがないのだ。教育とは時間のかかる、長期的な投資なのだから、ここは僕ら日本人が辛抱強く見守る必要がある。



少なくとも、僕が読んだ書物から感じるのは、彼はきっと本物である。本物の人間性や哲学を持った人である。

僕は、じっくりとそこに期待して、オシムを応援し続けたいと思っている。そこには、サッカーだけじゃない、日本の閉塞感みたいなものを打ち破るヒントがある気がしている。



そんなわけで、普段なら絶対に見ないであろうアジア杯予選を、今から見ます!!
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by dskblog | 2006-09-04 02:25 | 想い