写真は白洲次郎氏


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カテゴリ:教育( 2 )

スパーク!

今日は、私の描く世界観をお偉いさんにプレゼン。直前にエグゼクティブサマリーを入れろと言われて、あわてて加えました。あんまりLogicalじゃなかったけど、前向きな雰囲気で良かった、良かった。単なる想いだけで終わらず、世界観を形にするのは、ホント、大変です。


そして、その後はわが母校・早稲田大学で学生向け講演会のパネルディスカッションに出席。

ゼミの後輩とやっているサブゼミで主催し、最近、上場した英会話学校COOのSさんをお招きし、講演会と僕とのパネルディスカッションを行った。

学生向けと言いながら、僕が聞いてもすごく学びが多いお話をお伺いできた。パネルディスカッションでは、休憩時間に集めた質問事項の約100枚を、必死に頭でパターン分けして、少しでも多くの質問にSさんに答えてもらえるよう奮闘。しっかりと笑いを取れて、良かったと思います。

それ以上に楽しいのは、一緒に汗をかいてくれたサブゼミに、講演に参加してくれたアナ研、そして応援(?)に来てくれた会社後輩を誘っての打ち上げ。僕の大事な仲間達が混ざって、また新たな活性化した雰囲気が生まれるのを見るのは、何かワクワクした感覚になる。

今後は、今回の講演を受けて、議事録を作成し、DVDにまとめて、しっかりと保存できる体制を作る。さらに、何とかサブゼミ内に100名程度の講演会を行うノウハウを溜め込めたと想うので、もう一回ぐらい今のメンバーでやって、母校への貢献をしたいと思います。

次は誰を呼ぶかな?!
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by dskblog | 2007-01-30 15:28 | 教育
先月、某戦略ファームから社内に出向しているUさんとオフィス近辺で飲んだのだが、そこで「PC、TV、TVゲーム、携帯電話のどれを子供に与えるか、また何歳で与えるか」とか「小学校ぐらいで、ロジカルなライティングの授業を作るべきじゃないか(結局、レポートの書き方って大学でも学んでいない・・・)」みたいな会話をした。

それ以来、自分が親なら小学校でどういう科目設計にするかを、一人考えている。そもそも、一番、不思議なのは「国語」の位置づけだ。文学鑑賞的なアートな部分もあれば、評論文を読み取る論理的理解力も求められる。これらは、本来、別々の分野じゃないだろうか。

そんな中で漠然と見えてきたのが、次のような科目分けである。

==
基礎:PCスキル、リサーチ、ロジカル・シンキング&コミュニケーション
教養:社会(公民、地理)、人文(文学、歴史、美術、音楽)、自然科学、算数
活動:スポーツ、芸術、ボランティア
==

一見すると、大学の教養の分類に近いこと、また基礎トレーニングがあることが、特徴的だろう。

まずは、ベースの部分でしっかりとPCを使いこなせることを学び、自分で興味のある分野についてインターネットを使ったり、図書館に行って調べる方法を学習する。さらに、調べたことをちゃんと正しく理解し、自分の頭で考えて整理でき、きちんとレポートにまとめられるようにトレーニングする。

はっきり言えば、僕の場合、こういうのは恐ろしいことに会社に入ってから叩き込まれたが、遅くとも大学ではある程度、できていなければいけないことで、全ての基礎でもあるし、初歩は小学校からやっておくべきだと思う。


このベースの上で、具体的に各教養科目を学ぶわけだが、当然、ベースがしっかりしていれば、それぞれの分野で興味があれば自分で調べたり、調べた情報を正しく読み解き、さらにそれをまとめて発表したりすることができるようになる。おそらく、ゆとり教育だ詰め込み主義の弊害だとか言っても、未だに、ここが、今の教育に最も欠けている部分ではないか(だって、教えられる人、ほとんどいないでしょ・・・)。

また、各科目については、社会が主に自分の暮らす世界の理解に主眼を置き、人文は感性を磨き文化を理解することを目的とする。自然科学は、環境や自然の神秘などの発見を目指し、そして算数は緻密な思考のトレーニングを狙う。少なくとも、僕が各科目から受けたインスピレーションは、こんな感じだった。そう、こんなもん、インスピレーションを受けて、物事の見方が複眼的になればそれで良くて、細かい知識なんてGoogleとかWikiPediaに任されば良いはずだ。これからの時代、大人が知識力で勝負しても、Googleで情報検索をできる子供には勝てないのだから。


たぶん、このように基礎と教養を分けず、また各科目同士の連携が見えないから、科目に知的な深みが無く、「割り算ができて人生、何の役に立つんだ(合コンでの会計センスが養われると思うが)」「歴史の年号を覚えて、何の特になるんだ(合コンで、京都好きの相手に教養っぷりをアピールできるはず)」という発言が出てくるんだと思う。


直接的に役に立つ知恵は、基礎として与え、それを活用して人生を豊かにする教養を学ばせることで、一体的な人間教育になると思う。


もちろん、頭でっかちにならないよう、スポーツや芸術の実技、またボランティアなど、活動も重要である。ここでは、教養から一歩踏み込んだ学びを得たり、リーダーシップとかチームワークを体験することが目的だ。



子育ての目的とは、子供を通して自分の自己実現を疑似体験することなんかじゃ絶対に無く、子供が一人で生きていけるよう支援することを通して自身も人間的に成長することだと、僕は思っている。

そのためには、上記のようなカリキュラムが必須だと考えるのだが、おそらく、自分の子供ができた時に、小学校はこんなカリキュラムになっているとは思えないので、特に基礎部分は自分でしっかり教え、自宅で学校で習ったことを自分で整理しなおして表現する機会を与えてあげなきゃいけないなと思う。


そういう意味で、最初の質問に戻れば、与えるのは、PCを小学校ぐらいでだろうか。

後は、テレビゲームよりも、日本文学全集とか、岩波ジュニア文庫、望遠鏡、楽器なんかで、親子で楽しむことが大事だと思う。
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by dskblog | 2006-02-07 00:00 | 教育