写真は白洲次郎氏


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苦学生宣言

実はですね、4月2日から早稲田大学商学研究科に入学しました。

動機としては、一つは僕は実務家の先にいつか大学教授になりたいってことと、知的刺激として勉強をしてみたくなったこと、それから自分の仕事へのもっと大きい付加価値を出したくなったって感じでしょうか。


最初は、純粋に海外でのキャンパスライフに憧れ海外留学したかったのですが、言い訳すれば今、急激に変化をしているWEBやらメディアの世界を2年近くも離れたくないってこと、本当はリスニングの勉強が嫌になって放り投げたのです。TOEFL、他のセクションはスコアを取れていたのに、暗記するぐらいCDを聞いても、リスニングだけはまったくスコアが上がらなかった(むしろ、下がっていった・・・)。で、ある時、「ナンシーが、必須科目の登録を忘れたとか、もう、そんなの俺の知ったことか!」となったわけです。


そんな中、ふと冷静に「俺って、キャンパスライフ以外に何で留学したかったんだっけ?」と自分に問いかけ、どんな人生を送りたいのか少し真剣に考えてみて、そう言えば、前から実務を経験した上で、いつか母校の教授になりたいなぁと思っていたことに気づいたんです。で、とりあえず大学教授を目指そうと思って、ゼミの教授に相談したら「博士課程まであるアカデミズム養成の学術研究院に行きなさい。修士論文はMustです」とご助言を頂き、するとこれって海外留学じゃなくて、基本は博士課程まである国内大学院進学が必要なんだとわかったのです。


ちなみに、僕の生き方、価値観とかに色々とあれこれ言われることも多いですが、なぜか「俺、大学教授になりたいんだけど」と言うと、これまで反対なり苦言をした人はほとんどおらず、皆、一様に「絶対に向いているよ!」と賛同してくれる人が多いです。人生、他人と逆張りをして生き抜いてきた天邪鬼な僕としては、ちょっと反対に不気味なんですが。


また、最近、OB訪問をたくさん学生さんから受けて「やりがい」を聞かれる時、僕が自然と口にするようになったのは、「大きな命題を解こうとする、知的刺激」と答えるようになっていたのです。アホみたいですが、「こんな最先端の業界で、こんな複雑な命題にまっすぐに取り組んでいるのは、俺ぐらいだろう」とたまに酔いしれることがあります。良いんです、どうせ仕事するなら、酔いしれたもん勝ちですよ。


こう言う「知的刺激を求める」って性質が仕事のスタイルにも反映されているのか、気づけば一人で10近い案件を抱えるようになっていた(男芸者案件含む)。少数の案件に魂を込めてディープに突っ込むってよりは、興味のままに複数案件をライトに抱えて回して行くのが性に合っているんだと、自分でも思います。飽きっぽいですからね。正直、この業界でこう言うことを成し遂げたいって熱い気持ちより(もちろんダイナミックなことをしたい気持ちはある)、知的好奇心を満たしてくれることに重きを置いているんでしょう。僕って、大義名分の旗の元に進む本軍じゃなくて、援軍タイプなんだと思います。


仕事してても、「この会社は、たぶん今後は、こう動くんじゃないか」とか「こう言うビジネスモデルなら、競合に勝てるんじゃないか」「消費者は、こんな傾向があるんじゃないか」とか、考えていると本当に楽しいんです。


すると、仕事以外の時間でも、こう言うことがしたくなる。ビジネス書を読むのも良いですが、やっぱり、もっと専門家の方々について勉強をしたくなってきた。しかも、英語だと、たぶんそんな知的刺激を得られる以前のコミュニケーションでコケること間違いなしだから、そう言う意味でも、日本語でアカデミズムの香りのする国内大学院ってのはBESTなわけです。


で、とりあえず国内大学院なんですが、さすがに今の仕事を辞めたり、休んだりはNGです。生活もしないといけないし、浪費生活を続けたい。だいたい、実務の経験を積んだ上で大学教授になりたい僕が、アカデミズムの世界に完全に染まること自体、本末転倒です。まあ、たぶんアカデミズム一本では差別化できないんで、実務経験を積みたいって魂胆もありますが。


そうすると社会人コースのある大学院で、仕事と両立できること、また大事なのは研究テーマと合致するかってのもあります。無理やり、僕が出した研究テーマは、「メディア、WEBの世界で、何で大企業はこんだけ経営資源も豊富なのに、成功事例が少ないんだ?」ってことでした。日々仕事をしながら、何となく見えない壁がある気がしていて、この壁をしっかりと捕らえたいと思ったんです。


出来れば、母校の経済研究科に行きたい気持ちはありましたが、さすがにゼミの先生にも、こう言うテーマは商学研究科だろうと言われました。そこで、早稲田の商学研究科を調べると、何と完璧に社会人コースがあって、しかもかなり少人数で最初からゼミのように研究テーマを絞ったカリキュラム編成がされていて、その上、まさに僕が研究したいテーマが今年の募集モジュールにあった。何よりも、僕の愛読するビジネス書の著者の方々なんかが教授やら講師でそろっている。


研究者養成型大学院、仕事との両立、研究テーマとの合致、教えを請いたい教授陣と、全てが揃いました。


と言うかですね、海外の有名大学院に行かないんだったら、日本国内で心のふるさとである早稲田以外に行けるわけないじゃないですか。


それで、昨秋に研究計画とか書いて、ぶっつけ本番で論文試験を受けて(PCのキーボードに慣れすぎてて、手がしびれた・・・)、ランチGCを途中で抜けて口述試験を受け(教授と世間話中心・・・)、無事に合格。ま、国内大学院なんて、学部よりはるかに競争率も低くて入るの簡単ですから。


そして、奇遇にも、政経学部に入学した1997年から10年後の2007年4月にまた母校に戻ることになりました。

政経学部の卒業式で、僕はゼミでの追いコンで、恥ずかしいことに、皆もびっくりしてましたが、自分でもびっくりしたけど、号泣してしまったんです。あれは最高の学生生活だったと言う感極まった気持ちと、そして「もう、ここには戻って来れないんだ」ってことがすごく寂しかったのが、溢れ出したんだと思うんです。帰り際に「いつか、また戻ってこれる日がありますように。英語で言えば、I shall return.だな」と心に想って家路についたことを覚えています。



昔の僕は、勉強なんて嫌いで、できれば学ぶなんてことはしたくなくて、そのまま高校まで辞めてしまったわけですが、不思議なもので、そんな人間が、今はなぜか勉強したくて仕方なくなって自分で学費まで出して大学院に行くんだから、わからないもんです。再び敬愛する母校で学べることが嬉しくて仕方無い。



残念ながら、入学式は会議が入って行けず、夜のオリエンテーションだけの参加でした。久々に訪れた早稲田キャンパス。10年前と同じように、いたるところにサークルの新勧用のテーブルが大量に並んでいた。



そんなわけで、しっかり本気で研究しますので、酒席などは激減して、しばらく苦学生となります!!


とか言いながら、オリエンテーションに間に合わなさそうで、馬場からタクシーと苦学生らしからぬ通い方をしてしまいましたが・・・。


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実は、10年前の1997年3月1日の合格発表。思わず、大隈銅像下で涙したのですが、何とそこには早稲田の恥、退学となった某アイドルHのパネルが!!


DSK
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by dskblog | 2007-04-04 00:21 | 早稲田大学商学研究科